
1号ドック起工記念の銘板「慶応三年丙寅三月創 CRELSE EN 1867」とある明治4年に完成したドックは現在も築造当時の...

慶応二丙寅年日記

慶応二丙寅暦
慶応二年丙寅歳晴雨考
「慶応二年丙寅歳晴雨考」

慶応二丙寅年きよ買物覚帳

慶応二丙寅年おさと買物覚

慶応二丙寅年米大豆取立帳

慶応二丙寅年田畑𢩹手作覚帳

兄芦田柔太郎宛赤松小三郎書簡 慶応3年(1867)7月16日・慶応3年(1867)8月17日
(慶応二寅地割)

延享三丙寅年御年貢帳

文化三丙寅暦

慶応三年店卸

慶応二寅年 福井藩職員録 弐

慶応三卯年(包紙)

慶応三年御用留
慶応三年有卦絵
慶応三年〔有卦絵〕
慶応三年〔有卦絵〕

慶応二寅年秋御年貢上納運方一巻
銅鐘 応永廿三年銘

いろどうじ(延享三年丙寅大小)

慶応三年裏様書類

左は初期の安積開拓の基礎を築いた中条政恒の頌徳碑(開成山大神宮)

内部(右)は明治以降拡張された

「銀山絵図」より 左は坑道内部での採鉱や排水作業 右は選鉱作業 鉱石を砕き選別・水洗などを行う 絵図は交政年間に書かれたもの...

絵巻物「尾去沢鉱山作業図」の一部(鹿角市鉱山歴史館) これは「熔礦場之図」で江戸時代から明治の初めまで行われた粗銅製錬作業(...

北吸の海上自衛隊倉庫。左2棟は明治34年,右端は大正10年の煉瓦造建築。臨時海軍建築部の設計・施工。

望富嶽之図(明治10年作) 第一回内国勧業博覧会に出品 竹を模した額ぶちも漆喰製で所蔵者が本物の竹と思い防虫用のペンキを塗り...

(上)木炭運搬軌道の路盤跡。今は桑畑になっている。石垣の下に製鉄所用の水路が通っていた。

左は通賢が描いた釜屋(鹹水を煮詰める設備)の設計図

〔右〕堀川を往来する■(明治30年ごろ 現在の折尾高校下)(■は舟へんに帶)

赤い石州瓦の屋根が続く大森の町 “銀山御料”の中心地だった

昭和30年ごろの塩田作業 塩田面に呼び水をまく「汐かけ」と沼井に集めた撒砂の上に海水を注ぐ「汐取り」 撮影:谷 栄

久住町の牧場 左より根子岳 高岳 中岳

木曾川にのぞむ八百津町 古くから木曾川舟運の終着地として繁栄した所で 今もその歴史の風格をたたえた静かな町である

明治11年ごろの六工社製糸場を描いた錦絵(部分:長野県立図書館蔵)

〔左〕倉賀野河岸跡(高崎市) 烏川にかかる共栄橋北詰に記念碑がある 江戸からの元船はここまで遡った

B窯跡にあった煉瓦 登窯の構造材料の一部かと思われるが 製造の年代は不明

おつぼ山神籠石の列石(東門付近)。前面と上端が整然とそろい,ノミの跡も分かる。列石の基部は,土中に埋まり背後は土塁になってい...

〔上〕盛業時の日本鉱業日立鉱業所本山の全景 山の斜面に建つのは選鉱場 現在の日鉱記念館の位置は右奥の区域で第1竪坑が見える

〔左〕開削工事中の利根運河 左手前の人物はオランダ人技師ムルデルではないかといわれる

昭和10年ごろの旧六工社の建物(松代町増沢忠良氏蔵)

「銀山絵図」より 左は坑道内部での採鉱や排水作業 右は選鉱作業 鉱石を砕き選別・水洗などを行う 絵図は交政年間に書かれたもの...

浅間山麓の緑の中を流れる湯川 奥は昭和33年に完成した御影用水頭首工 ここで分水された農業用水を発電に利用している

見渡すかぎり続く桑畑 西毛地方は昔も今も上州有数の養蚕地帯(上信電鉄馬庭付近)

竣工当時の開陽丸 バーク型3檣 長さ72.80m 幅13.04m 排水量2,590t 400馬力蒸気機関付き 汽走速力10ノ...
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
