浅間山麓の緑の中を流れる湯川 奥は昭和33年に完成した御影用水頭首工 ここで分水された農業用水を発電に利用している

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今に残る中馬道 飯田を後に南西へ4里 阿智村大沢の庚申坂を過ぎ 伊那街道は寒原峠への登りにかかる 昔の往還のにぎわいを語るの...

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〔左〕倉賀野河岸跡(高崎市) 烏川にかかる共栄橋北詰に記念碑がある 江戸からの元船はここまで遡った

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院内の家並み 羽州街道の要衝として早くから院内の関が置かれ また後方基地としてその盛衰をともにしてきた町である 遠景は銀山と...

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史跡公園(史跡出雲玉作跡・宮垣地区) 手前は復元工房 右奥は71CII号工房跡の保存施設 左奥は出雲玉作資料館 ここは他の2...

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観光施設となった鯛生金山 駐車場隣のグランドは元鉱滓堆積場 前方はレストハウス・金山資料館など 坑道入口はその奥

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妙法寺峠に近い“献上場”付近の風景 早くから石油露頭の見られたこのあたりでは 明治以降も盛んに石油採掘が行われた(西山町妙法...

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足助町の足助川に沿って残る中馬道 伊那街道の要衝であった足助は 特に塩の中継地点として知られ 明治前期には年間約2万俵 馬数...

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中津江村鯛生集落の上から東方を望む 右に連なる大きな山塊は酒呑童子山 前方の谷が鯛生川 遠く九重山も見える 深い山なみに囲ま...

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中部電力小里川第一発電所(岐阜県瑞浪市) 大正11年 多治見電燈所により建設され ペルトン社製水車とGE社製発電機で発電を開...

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北陸の春は遅い 雪雲が切れ日本海の波が収まってくると 白帆に風をはらませて北前船がやってきた(石川県加賀市の塩屋港)

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天念寺(豊後高田市)付近の長岩屋連峰の一部 国東半島を含む大分県北部には 浸食を受けた凝灰角礫岩などが岩峰・急崖の奇観を見せ...

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龍源寺間歩 御直山のうちでも永久・大久保・新切・新横相とともに“五■山”(■は平仮名のちいさいか)と呼ばれた有能な山 奥は分...

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〔右〕前記の山頂から大津市街と琵琶湖を見下ろす アンテナ塔のある電話局の近くに大津米会所があった 山頂との距離約4km

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樺崎砲台の記念碑と往時の面影を残す石垣(右) 安政2年の築造で設計には村田蔵六も関係したらしい

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取入れ口から1km余。院内町宅畑付近の広瀬井手。山腹に沿ってゆるやかな勾配で開削され,津房川(左)との比高が次第に開く。

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竜岡城(長野県南佐久郡臼田町) 日本に二つしかない五稜郭 内側の石垣を伊那の石工 外側の石垣を地元の石工と農民が築いたという...

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素朴な構造の揚水車 左は大分県天ヶ瀬町で 割竹で輪を作り柄杓は塩ビ管の一端をつぶして利用(径約2m)

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〔右〕現在の八丁橋付近 中央は芝川 手前が東縁通船堀の出口である 船頭たちもこの近辺に住んでいた

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水車紡の中心地であった岡崎市滝町(旧常磐村滝) 水車を運転するため青木川に設けられた堰堤や水路が今も一部残っている 両岸には...

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砥石山の露天堀跡(群馬県南牧村砥沢) 数百年にわたり砥石を掘り取り続けたため山の一角が消えてしまった 近くに水抜坑跡もある

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中は取水口から沼上隧道まで続いている旧水路(約3.9km)

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広瀬頭首工。取入れ口の位置は変わらないが,現在は発電所の排水を受ける形で取水している。広瀬井手は右岸に沿って流れていく。

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木曾川にのぞむ八百津町 古くから木曾川舟運の終着地として繁栄した所で 今もその歴史の風格をたたえた静かな町である

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久重2連水車 枠はコンクリート 柄杓は鉄板製に変わったが本体は木製のまま 用水の歴史は300年 水車は160年以上

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最終更新日:

登録日: 2021-07-21