
共栄酒造 : ビン詰め工程
烏港滞貨愈行詰る

岸辺かここは

酒の瓶詰めライン : 共栄酒造
海運賃共同計算 : 結局三月に遡及実施か
満蒙問題を中心とする日支関係 : 共存共栄か?共亡共枯か
西貢ことば共栄版 (上・下)
店主と店員一店の経営にはこの意気!! : 共に働き共に遊ぶこれこそ此の繁栄
南方共栄圏を語る

烏貝から生れるカッパ

烏貝から生れるカッパ
共栄圏必成に寄与
南方共栄圏に於ける経済実相
共栄の十字路昭南港 : 花開かん独自の文化 戦前に優る繁栄近し
波群性に起因する長周期波と不規則波の海岸への遡上に関する研究

南方共栄圏に於ける植物精油資源
卓越せるカニ缶詰 : 肉の栄養価値

夕方に墓碑は位置をかえる
「あほうにかしこう廻る双六」 「あほうにかしこう廻る双六」
「おかる 尾上栄三郎」
「おかる 尾上栄三郎」

「おかる 尾上栄三郎」
「おかる 尾上栄三郎」
「おかる 尾上栄三郎」

観光施設となった鯛生金山 駐車場隣のグランドは元鉱滓堆積場 前方はレストハウス・金山資料館など 坑道入口はその奥

妙法寺峠に近い“献上場”付近の風景 早くから石油露頭の見られたこのあたりでは 明治以降も盛んに石油採掘が行われた(西山町妙法...

龍源寺間歩 御直山のうちでも永久・大久保・新切・新横相とともに“五■山”(■は平仮名のちいさいか)と呼ばれた有能な山 奥は分...

今に残る中馬道 飯田を後に南西へ4里 阿智村大沢の庚申坂を過ぎ 伊那街道は寒原峠への登りにかかる 昔の往還のにぎわいを語るの...

木曾川にのぞむ八百津町 古くから木曾川舟運の終着地として繁栄した所で 今もその歴史の風格をたたえた静かな町である

北上運河(石巻市元明神付近) 全長12km幅25mのこの運河は現在はほとんど使われていないが ほぼ完全な姿で残っており野蒜築...

院内の家並み 羽州街道の要衝として早くから院内の関が置かれ また後方基地としてその盛衰をともにしてきた町である 遠景は銀山と...

大榑川洗堰の築堤を記念する「薩摩堰遺跡」の碑 長良川の水が揖斐川に流れ込むのを防ぐため設けられた洗堰(石堤)は 現在は前方に...

中城城二の丸の城壁 蛇行する石塁とその上の胸壁に本土の城郭にはない大陸的な技法が感じられる 築城年代の遅い中城城は沖縄の城の...

牛宿を営んだ根羽村高橋の片桐家 中馬の輸送手段には牛も使われた 明治15年に根羽村に14軒の牛馬宿があった

砥石山の露天堀跡(群馬県南牧村砥沢) 数百年にわたり砥石を掘り取り続けたため山の一角が消えてしまった 近くに水抜坑跡もある

史跡公園(史跡出雲玉作跡・宮垣地区) 手前は復元工房 右奥は71CII号工房跡の保存施設 左奥は出雲玉作資料館 ここは他の2...

黒川村塩谷の諏訪神社を中心とする一帯に “くそうず坪”群の跡があり 黒川村指定史跡になっている 近くには諏訪坪跡もある

水車紡の中心地であった岡崎市滝町(旧常磐村滝) 水車を運転するため青木川に設けられた堰堤や水路が今も一部残っている 両岸には...

天念寺(豊後高田市)付近の長岩屋連峰の一部 国東半島を含む大分県北部には 浸食を受けた凝灰角礫岩などが岩峰・急崖の奇観を見せ...

赤い石州瓦の屋根が続く大森の町 “銀山御料”の中心地だった

竜岡城(長野県南佐久郡臼田町) 日本に二つしかない五稜郭 内側の石垣を伊那の石工 外側の石垣を地元の石工と農民が築いたという...

愛知県新城市桜渕の河港(川岸)跡 新城は馬背による陸運と豊川舟運との接点で 信州中馬や三州馬が付けてきた荷は ここから舟で吉...

谷地地方(西村山郡河北町)は,紅花生産・流通の一中心地であった。紅花豪商として知られた堀米家の屋敷が,紅花資料館として公開さ...

比叡山麓一帯は花崗岩系の石材に恵まれていた 遠景は穴太石工が石を切り出していたといわれる壺笠山

見渡すかぎり続く桑畑 西毛地方は昔も今も上州有数の養蚕地帯(上信電鉄馬庭付近)

引田港 通賢はここから度々大阪へ渡った 遠景左寄りの海岸が通賢の生まれた馬宿

(上)木炭運搬軌道の路盤跡。今は桑畑になっている。石垣の下に製鉄所用の水路が通っていた。

飛理原理発見の地,樅ノ木峠に立つ二宮忠八顕彰碑。大正15年建立(碑文は大正14年),題字は「魁天下」
最終更新日:
登録日: 2021-07-21
