
木曾川にのぞむ八百津町 古くから木曾川舟運の終着地として繁栄した所で 今もその歴史の風格をたたえた静かな町である

引田港 通賢はここから度々大阪へ渡った 遠景左寄りの海岸が通賢の生まれた馬宿

下仁手付近の利根川 備前堀最初の取入口はこのあたりだが今は跡形もない 激しい河道の変化で取入口は転々と変わってきた

〔左〕倉賀野河岸跡(高崎市) 烏川にかかる共栄橋北詰に記念碑がある 江戸からの元船はここまで遡った

右は高炉台公園から見た東田高炉記念広場 第1高炉だけが保存されている ただし高炉には絶えず改修・改造が加えられたため 厳密に...

〔左〕西尾市中畑付近の矢作川 かつての舟紡績の最大の中心地で数十そうの水車舟が浮かんでいた

(上)木炭運搬軌道の路盤跡。今は桑畑になっている。石垣の下に製鉄所用の水路が通っていた。

観光施設となった鯛生金山 駐車場隣のグランドは元鉱滓堆積場 前方はレストハウス・金山資料館など 坑道入口はその奥

院内の家並み 羽州街道の要衝として早くから院内の関が置かれ また後方基地としてその盛衰をともにしてきた町である 遠景は銀山と...

大蔵永常が指導しサトウキビ栽培と製糖を行ったという仁崎(現田原町)左は三河湾

大榑川洗堰の築堤を記念する「薩摩堰遺跡」の碑 長良川の水が揖斐川に流れ込むのを防ぐため設けられた洗堰(石堤)は 現在は前方に...

久住町の牧場 左より根子岳 高岳 中岳

比叡山麓一帯は花崗岩系の石材に恵まれていた 遠景は穴太石工が石を切り出していたといわれる壺笠山

城山から見た宇和島の市街と港 埋立てのため現在の海岸線は幕末のころと大きく変わっている 慶応2年にはイギリス公使パークスらも...

中津江村鯛生集落の上から東方を望む 右に連なる大きな山塊は酒呑童子山 前方の谷が鯛生川 遠く九重山も見える 深い山なみに囲ま...

〔右〕水田へ配水するため土盛りをして水を通したつきぜき(築堰) 現在はその上にコンクリートの溝渠を通して同じ目的に使っている...

右上は同じ地点で見た現在の製鉄所跡。

五郎兵衛用水が灌漑する浅科村の水田地帯 手前は上原の集落 遠景は浅間山

稲佐山から見た長崎市街 幕末の長崎製鉄所は手前の造船所の位置に建設された

水車紡の中心地であった岡崎市滝町(旧常磐村滝) 水車を運転するため青木川に設けられた堰堤や水路が今も一部残っている 両岸には...

かつてニシン漁で栄えた古宇郡泊村 積丹半島西岸のこの一帯は「千石場所」として知られていた 海岸の磯に切り込まれた無数の船入澗...

赤い石州瓦の屋根が続く大森の町 “銀山御料”の中心地だった

飛理原理発見の地,樅ノ木峠に立つ二宮忠八顕彰碑。大正15年建立(碑文は大正14年),題字は「魁天下」

中城城二の丸の城壁 蛇行する石塁とその上の胸壁に本土の城郭にはない大陸的な技法が感じられる 築城年代の遅い中城城は沖縄の城の...
最終更新日:
登録日: 2021-07-29





















