
左は南牧村羽沢の五郎兵衛墓 遺髪を収めてある

製鉄所裏山の尾根に祭られた山神。祠の鋳鉄製柱に「明治八年乙亥三月十九日」の文字が刻まれており,製鉄所の操業開始の時期を暗示し...

中はA窯の焼成室内部 幅3.5m 奥行1.1m 天井は煉瓦でアーチ状に組み粘土を詰めてある

左は正徳3年(1713)に国東町の泉福寺参道石段を築造した宇佐石工 吉用兵左衛門と半七の刻銘

大久保長安の墓(逆修塚)かれの死後こわされたが江戸時代後期に再建された 銀山の繁栄再来を願っての供養なのだろうか

山神宮にある大きな鉱石 山師が盛山を祈願して奉納したものらしい 黄銅鉱か

滝裏の「堀貫」の一部。人が這って通れる程度の広さだが,今もよく形を残している。

門弟知人が大正6年に建てた服部長七寿蔵碑(岩津天満宮)

カンナの発明者とされる中村屋武右衛門の墓 弘化三年没 徳島県池田町蓮華寺

熊本城の石垣

海軍伝習所跡の石標 日本最初の科学技術教育機関でもあった

久米通賢の墓(引田町馬宿)

寛永年間に開かれた早房坑 古い間歩の面影を残す 最初に発見された不動坑と地下でつながっていた 安政年間に採掘をやめたが明治に...

雷山神籠石の北水門。海抜400mの渓谷にある強固な石積で三つの通水孔を持つ。本格的調査は行われていない。

高良山神籠石の列石の一部。不規則ながら方形に加工している。1個の長さは80cm以上が多く,1m以上のものも500個近くある。

百川の山麓を流れる用水 右は用水開削時に「開発役所」の置かれた宝光院

山居倉庫西側の欅並木 樹齢100年に達する 倉庫を夏の直射日光と冬の西風から守るために植えられた 現在は庄内米歴史資料館へ抜...

大正9年完成の円上寺隧道(1,125m)島崎川沿岸の水を日本海へ放流する

白谷雲水渓 屋久島

坂本の町の至るところで見られる “穴太衆積み” 大津市文化財に指定されている

右は今帰仁城平朗門(国頭郡今帰仁村) 野面積みによる古い城だが規模は首里城に次ぐ

大切坑 宝永4年に開かれた院内銀山最大の水抜坑 総延長は約3,800m 明治になってからは鉱石運搬道としても利用された

牧ノ原台地を刻む沢の水源の近くで 明らかな油徴を見た このあたり明治5年の「相良油田発見」の地である 相良町柄沢で

観音寺城跡はけわしい山上に特異な石積みの遺構を見せている 平井丸に残る石の潜り門
最終更新日:
登録日: 2021-07-29














