
新津市古田南にある「八珍柿」の原木。推定樹齢260年。

岡城跡 竹田市

百川の山麓を流れる用水 右は用水開削時に「開発役所」の置かれた宝光院

大切坑 宝永4年に開かれた院内銀山最大の水抜坑 総延長は約3,800m 明治になってからは鉱石運搬道としても利用された

薩摩藩の御手伝普請により宝暦5年完成した千本松締切堤 完工当時植えられた松が 揖斐川の流れに濃い影を落としている

八十八番目の札所 大窪寺

中はA窯の焼成室内部 幅3.5m 奥行1.1m 天井は煉瓦でアーチ状に組み粘土を詰めてある

田辺朔郎紀功碑(蹴上インクライン上)

正面から見たB窯跡 手前が焚口 焼成室の隔壁と天井はくずれ去り階段状の床とサマ孔(火炎孔)が見える 全長約12m

広瀬町西比田の金屋子神社 金屋子神降臨譚で知られ 製鉄関係者の信仰が厚い

海軍伝習所跡の石標 日本最初の科学技術教育機関でもあった

【仙波河岸跡】 明治初年の開設。新河岸川から川越市街南端の愛宕神社下まで掘りこんだ船着場の跡が認められる。

黒川村塩谷の諏訪神社を中心とする一帯に “くそうず坪”群の跡があり 黒川村指定史跡になっている 近くには諏訪坪跡もある

〔中〕約30mの絶壁の上にある猿橋 架替え工事準備のため橋の下に足場が組まれている

弁吉の屋敷跡に建てられた顕彰碑 町はずれの一軒家で 使いみちのない才をもて余しながら 弁吉はその後半生をすごした

中は取水口から沼上隧道まで続いている旧水路(約3.9km)

〔左〕西縁一の関跡 関の基礎杭と底板らしいものが見える

右は今帰仁城平朗門(国頭郡今帰仁村) 野面積みによる古い城だが規模は首里城に次ぐ

五郎兵衛用水の堀貫跡(取水口付近) 最も工事が困難だった鹿曲川右岸の断崖崩壊が激しく旧状をとどめない所が多い

道祖神 穂高町

新緑と残雪と 黒部峡谷鉄道鐘釣にて

国分寺の五重塔 吉備路

山の中の農家 東津野村

新津丘陵に点在する油井群(新津市小口)。ポンピングパワー(山上の小屋の中)から伸びるワイヤーで,複数の採油ポンプが駆動される...
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
















![[歴民カード_歴史] 熊本城絵図(熊本城真景)](https://khirin-i.rekihaku.ac.jp/iiif/nmjh_rekimin_h/14347009_02.tif/full/200,/0/default.jpg)



