鄙事(ひじ)に多能なりき少年の日は 立身して自(みずか)ら笑う却って身を壊(やぶ)るを 浴余閑坐して肌は全く浄(きよ)し 曾て是れ綿糸もて瘃(あかぎれ)を縫いし人 (以下小字) 諭吉は少小にして母に事えて家事を執り園に灌ぎ薪を採り凡百の力役為さざる所無し。冬の日に或は手足に皹瘃(あかぎれ)を生じ疼痛に堪えざるもの有らば則ち綿糸もて瘃裂の創口を縫いて灌ぐに熱油を以てす。創も亦輙(すなわ)ち癒ゆ。当時身体の屈強なること知る可し。今は則ち然らず。頃日浴後偶(たまた)ま感を記す。
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鄙事多能少年日 立身自笑却壊身 浴余閑坐肌全浄 曾是綿糸縫瘃人 (以下小字) 諭吉少小事母而執家事灌園採薪凡百力役無所不為冬日或有手足生皹瘃不堪疼痛則綿糸縫瘃裂之創口而灌以熱油創亦輙癒当時身体之屈強可知今則不然頃日浴後偶記感

鄙事(ひじ)に多能なりき少年の日は 立身して自(みずか)ら笑う却って身を壊(やぶ)るを 浴余閑坐して肌は全く浄(きよ)し 曾て是れ綿糸もて瘃(あかぎれ)を縫いし人 浴後 雪池

鄙事(ひじ)に多能なりき少年の日は 立身して自(みずか)ら笑う却って身を壊(やぶ)るを 浴余閑坐して肌は全く浄(きよ)し 曾て是れ綿糸もて瘃(あかぎれ)を縫いし人 明治十五年七月 森君の為

鄙事多能少年日 立身自笑却壊身 浴余閑坐肌全浄 曾是綿糸縫瘃人 浴後 雪池

鄙事多能少年日 立身自笑却壊身 浴余閑坐肌全浄 曾是綿糸縫瘃人 明治十五年七月為森君
産業特に綿業は楽観 : 而も緊張と健実を以て終始せよ

磯てぬぐいを身につける海女さんたち

「方言は誰でも身につけている」 直筆原稿
護謨の新原料 : 不毛の地に自生する灌木商品としての価値は未定
入営する役人にも身分を保障する : 近く勅令を公布して施行
税務署の黒表に載った不都合なる脱税会社 : その概数は百以上にも達して而も一二流の豪商とは呆れる : 法案を改正して取締る
サハラ沙漠に大植民地建設 : 地下水で灌漑して穀物を作る可能性
スーダンに灌漑を設備し英国優良棉自給策 : その棉質は遥かに米棉を凌ぎエヂプト棉質に匹敵
「俳ゆういろはたとへ」「つゝれをきても身は錦」「真しば大領久よし」
西灘の火災に兄弟の二少年無残の死を遂ぐ : 継母のみは身を以て危くも免る : 主人の不在中に夜半の椿事 : □も狂わしい惨死兄弟が生みの母
先輩を抜いて駆出しの身で首相になったボルドウィン氏 : 出身は実業家 : 羨しい英国の政情

まち・ひと・しごと創生 越谷市総合戦略 ~愛着と誇りをもてるまち「こしがや」を目指して~

まち・ひと・しごと創生 越谷市総合戦略 ~愛着と誇りをもてるまち「こしがや」を目指して~
露国は蒙古に労農政府を建設し反対するものには武力を以て応ずる (上・下)

「おびをとかいでそれなりに」「御身もこらへて袖なしに 錦早」
人絹界はどうなる??? 現下の不況は次期発展への身構 : 綿糸、綿布の新分野に進出し 大勢、悲観に及ばず
侮るな恐れるな東京では地震を軽蔑し過ぎて居た : 併し今では余りに恐れすぎている
ワシントン条約に修正を要求する : 坂本男等海軍出身議員 : 代艦に関する法則に対し
新戦術・豆デパート : 百貨店法の制約を脱して身軽になる『京阪』

鄙事多能少年日 立身自笑却壊身 浴余閑坐肌全浄 曾是綿糸縫瘃人 (以下小字) 諭吉少小事母而執家事灌園採薪凡百力役無所不為冬日或有手足生皹瘃不堪疼痛則綿糸縫瘃裂之創口而灌以熱油創亦輙癒当時身体之屈強可知今則不然頃日浴後偶記感

異客相逢う君驚く莫(なか)れ 今吾自(みずか)ら笑う故吾の情 西遊記し得たり廿年の夢 剣を帯びて横行す竜動(ロンドン)城 旧作明治十三年朝鮮使節渡来

行路何ぞ須(もち)いん世の譁(かまびす)しきを避くるを 書生到る処に計輙(すなわ)ち嘉なり 紅塵市上営々の苦 正に是れ泥中君子の花 学者実業に就く
![世論は憐む佗(か)の苦辛の多きを 生民誰か是れ王臣ならざる 鮑[魴]魚赬尾(ほうぎょていび)は政壇の事 吾は仰ぐ帝家万歳の春を 帝室論稿成る 諭](http://iiif.lib.keio.ac.jp/iipsrv/FIB/tif/79.tif/full/256,/0/default.jpg)
世論は憐む佗(か)の苦辛の多きを 生民誰か是れ王臣ならざる 鮑[魴]魚赬尾(ほうぎょていび)は政壇の事 吾は仰ぐ帝家万歳の春を 帝室論稿成る 諭

日出之東日没西 春風万里五雲斉 帝京朝賀人已散 台北台南鶏未啼 丙申元旦

鄙事(ひじ)に多能なりき少年の日は 立身して自(みずか)ら笑う却って身を壊(やぶ)るを 浴余閑坐して肌は全く浄(きよ)し 曾て是れ綿糸もて瘃(あかぎれ)を縫いし人 明治十五年七月 森君の為

鄙事多能少年日 立身自笑却壊身 浴余閑坐肌全浄 曾是綿糸縫瘃人 明治十五年七月為森君

行路何須避世譁 書生到処計輙嘉 紅塵市上営々苦 正是泥中君子花 学者就実業

Poem

慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んするを得す其目的は我日本国中に於ける気品の泉源智徳の模範たらんことを期し之を実際にしては居家処世立国の本旨を明にして之を口に言ふのみにあらす躬行実践以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり 以上は曾て人に語りし所の一節なり 福澤諭吉書

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吾是十方世界身 由来到処物相親 人言聞去皆称善 耳順何期六十春 年六十戯賦
![世論憐佗多苦辛 生民誰是不王臣 鮑[魴]魚赬尾政壇事 吾仰帝家万歳春
帝室論稿成 諭](https://file.objecthub.keio.ac.jp/image/thum_m_6215_6215.jpg)
世論憐佗多苦辛 生民誰是不王臣 鮑[魴]魚赬尾政壇事 吾仰帝家万歳春 帝室論稿成 諭

異客相逢君莫驚 今吾自笑故吾情 西遊記得廿年夢 帯剣横行竜動城 旧作明治十三年朝鮮使節渡来

誰道恩能済人 々間済仏亦前因 光明遍照金円徳 摂取観音堕落身 購古銅仏

児戯、戯れ来る六十年 一身の苦楽、天然に附す 癡心、自(みずか)ら笑う尚お去り難きを 枉(ま)げて摂生を学んで瓦全を祈る 還暦 ※還暦は明治27年にあたるが、日清戦争中のため、賀莛を1年延期した。

児戯々来六十年 一身苦楽附天然 癡心自笑尚難去 枉学摂生祈瓦全 還暦

慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、之を実際にしては居家、処世、立国の本旨を明にして、之を口に言うのみにあらず、躬行(きゅうこう)実践、以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり。 以上は曾て人に語りし所の一節なり 福沢諭吉書 ※明治29年11月1日開催の慶應義塾旧友会における演説の一節。その演説は同年11月3日の時事新報紙上に社説として掲載された。慶應義塾では、この文章を「慶應義塾之目的」と称している。
![日出の東、日没の西 春風万里五雲斉(ひと)し 帝京の朝賀、人已(すで)に散ずるも 台北台南、鶏未だ啼(な)かず 丙申[明治29年]元旦](http://iiif.lib.keio.ac.jp/iipsrv/FIB/tif/77.tif/full/256,/0/default.jpg)
日出の東、日没の西 春風万里五雲斉(ひと)し 帝京の朝賀、人已(すで)に散ずるも 台北台南、鶏未だ啼(な)かず 丙申[明治29年]元旦

福翁六十今加四 活動尚能手自舂 巨臼却嗤似山静 不堪衰朽五新容 丁酉春新調第五米臼

Five-Syllable Stanza by Yanagawa Seigan
![福翁六十今四を加う 活動尚お能く手もて自(みずか)ら舂(うすづ)く 巨臼却って嗤(わら)う山に似て静かなるを 衰朽に堪えずして五たび容(かたち)を新たにす 丁酉[明治30年]春 第五の米臼を新調す](http://iiif.lib.keio.ac.jp/iipsrv/FIB/tif/52.tif/full/256,/0/default.jpg)
福翁六十今四を加う 活動尚お能く手もて自(みずか)ら舂(うすづ)く 巨臼却って嗤(わら)う山に似て静かなるを 衰朽に堪えずして五たび容(かたち)を新たにす 丁酉[明治30年]春 第五の米臼を新調す

吾は是れ十方世界の身 由来到る処 に物と相親しむ 人言聞き去りて皆善と称す 耳順何ぞ期せん六十の春 年六十戯れに賦す

少小初知伊呂波 姓名略記不求佗 如今弄筆君休笑 却覚天真爛熳多 諭
Last Updated:
Uploaded: 2021-07-21
