
三盆糖の製造 ○1(○の中に1)甘蔗から糖汁を搾り取る 昔の石車に代わり搾汁機が使われている

分水工から第2発電所へ向かう水圧管(内径0.8m) 斜面中央の建物は第3発電所 その奥では御影用水が谷をまたいでいる

明治11年12月の遭難事件の死者を追悼する漂流人記念碑 太地港を見下ろして立っている

百川の山麓を流れる用水 右は用水開削時に「開発役所」の置かれた宝光院

藩政時代初期から稼行してきた一目城石切場の跡(日出町) 山腹の穴に石材を切り出した矢穴の跡が残っていた

おつぼ山神籠石の第一水門。昭和38年に発掘調査が行われた。平地に近い谷の出口に設けられ,中央寄りに通水孔がある。列石の場合と...

右は炭鉱の苦役で死亡した空知集治監の囚人約1,000人を祭った「合葬之墓」(三笠市柏町) 左側に並ぶのはここで獄死した自由党...

2知夫里島の燈台は山の上にある

田辺朔郎紀功碑(蹴上インクライン上)

〔左〕西縁一の関跡 関の基礎杭と底板らしいものが見える

〔左〕大宮市片柳の万年寺にある井沢弥惣兵衛為永の頌徳碑 見沼代用水の工事事務所はここに置かれた

裸か蟲を実験台に

〔左〕北上運河と旧北上川の分岐点(石巻市)に設けられた水位調節用の石井閘門(時の土木局長石井省一郎の名をとった) 日本最初の...

法灯千年の歴史と門跡寺院の格式を誇る滋賀院 城郭と見まがうほどの石垣は野面積み特有の力強い美しさをよく示している

朝の山居倉庫 創設期に建てられた数棟は すでに100年に近い かつて米の搬入に使われた舟着場も そのままに残っている 山居倉...

千本松締切堤 宝暦治水工事で揖斐川と(長良川を合わせた)木曽川を分流するため築かれた 明治期の改修以後は揖斐川と長良川を分け...

中川運河から堀川へ出入りする船のために設けられた松重閘門(昭和5年の完成)

海軍伝習所跡の石標 日本最初の科学技術教育機関でもあった

明治36年に開坑した中野家の機械掘り3号井。今も原油を汲み上げ続けている。左は中野邸。

翌3年に建てられた碑は工事材料の石を使ったものか

新橋停車場のホーム跡。長さ144m、幅9.1m。両縁は4段の切石が積まれ、中央には排水溝が通っている。

左は揖斐川の支流杭瀬川の堤防に建つ「決潰守護神」(明治29年破堤の跡)

○4(〇の中に4)英国製転車台 1897年輸入され新潟県の赤谷鉱山専用鉄道で使われていた 1983年移設

長野県川上村の大深山付近から西方、八ヶ岳を望む。中央は千曲川。右手の山腹に大深山遺跡がある。
最終更新日:
登録日: 2021-07-21





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