
フランス人技師が撮影した記録写真 〔上〕明治元年の横須賀製鉄所全景 船台はすでに使用しているが第1ドックは未完成 その奥が錬...

フランス人技師が撮影した記録写真 〔上〕明治元年の横須賀製鉄所全景 船台はすでに使用しているが第1ドックは未完成 その奥が錬...

陸奥(完成図)横12.3.9〔横断図面〕

横須賀米海軍艦船修理廠 ほぼ旧横須賀製鉄所の位置にありドックは明治以来のもの

横浜はなし

横浜はなし
![[横浜はなし]](https://d-archive.u-gakugei.ac.jp/iiif/2/library%2FTKGK-00021%2FTKGK-00021-00000.tif/full/220,/0/default.jpg)
[横浜はなし]

はがしがね
海水から石油が採れる? : フランスの技師が発見す…だが秘法を公開しない
フランスと戦債問題 : フランスは時間を要求している
中央道場は横浜 : 全国に海洋鍛錬道場
鉄道電化完成予定 : 信濃川発電所工事は大半繰延横須賀小田原線は十三年完成

ながはし
アルミニウム輸出国に転換近し : 新精錬法の完成で

奥山半僧坊絵はがき

奥秩父風景絵はがき

奥多摩渓谷えはがき
外国品をしのぐ優秀録音機 : 松竹茂原技師が完成

「こしがや」8ミリ映画完成

横須賀製鉄所の首長として創建を指導したベルニーの胸像(横須賀市臨海公園)

奥多摩渓谷えはがき 奥多摩射山渓
海軍直轄工廠が地方青年を採用 : 横須賀は東北から
お魚 横流しを完封 : 例外なしで統制強化
屋上制限規則改正 : 施行区域は横浜横須賀両市

製糸業全盛期の岡谷風景(蚕糸博物館資料より)

「銀山絵図」より 左は坑道内部での採鉱や排水作業 右は選鉱作業 鉱石を砕き選別・水洗などを行う 絵図は交政年間に書かれたもの...

フランス人技師が撮影した記録写真 〔上〕明治元年の横須賀製鉄所全景 船台はすでに使用しているが第1ドックは未完成 その奥が錬...

吹屋集落の南 相山にあった弁柄工場(大正10年ごろ) 現在その跡に「弁柄館」として工場が復元され 製造工程を見せている

〔左〕明治末の倉敷川風景(大原孫三郎撮影) 奥は中橋 煙突は倉紡工場 川舟による輸送がまだ行われている

〔右〕太盛山坑内断面図(明治26年) 不規則な“狸掘り”が残る山体に新技術による横坑・竪坑が整然と掘り込まれている(資料館展...

明治初年の磯 手前が異人館 その奥が紡績所 左手奥が機械所(現在の尚古集成館)

昭和10年ごろの旧六工社の建物(松代町増沢忠良氏蔵)

絵巻物「尾去沢鉱山作業図」の一部(鹿角市鉱山歴史館) これは「熔礦場之図」で江戸時代から明治の初めまで行われた粗銅製錬作業(...

下は中島川対岸から見た上野邸(上野彦馬撮影,長崎県立図書館蔵)。台紙裏に明治23年の内国勧業博覧会有功賞(メダル)が印刷され...

左は開坑当初の幌内炭鉱(「北海道炭礦汽船株式会社五十年史」より) 明治14年に現在の幌内駅に近い本沢坑・滝の沢坑がまず稼行を...

武信潤太郎が岩国の砲術家有坂淳蔵の塾で写した反射炉各部の寸法 元は江川家の資料としてある 「武信潤太郎覚書」(大栄町誌より)

幌内鉄道の石炭輸送列車 明治中期 野幌付近(三笠市立博物館展示品 原画は北海道大学の所蔵)

〔左〕開削工事中の利根運河 左手前の人物はオランダ人技師ムルデルではないかといわれる

江戸時代末期の海野宿屋敷割図(海野宿資料館展示品)。屋敷割は現在もほとんど変わっていない。

〔右〕堀川を往来する■(明治30年ごろ 現在の折尾高校下)(■は舟へんに帶)

左は通賢が描いた釜屋(鹹水を煮詰める設備)の設計図

長板中形の形付けに使われる型紙 和紙3枚を柿渋で張り合わせ これに文様を彫る 昔から伊勢白子(鈴鹿市)で作られる

下は上野彦馬撮影の長崎眼鏡橋。明治初年と思われる。原画は21.0×26.5cm(長崎市立博物館蔵)。

麦田トンネルを出る5型24号車。横浜電鉄開業の明治37年に製造されたオープンデッキ型木造単車。明治末期の撮影か。(市交通局ポ...

昭和30年ごろの塩田作業 塩田面に呼び水をまく「汐かけ」と沼井に集めた撒砂の上に海水を注ぐ「汐取り」 撮影:谷 栄

右は通賢考案の揚水機の模型を大阪で実演宣伝した時の引札(ちらし)とその版木 いずれも鎌田共済会博物館所蔵

おつぼ山神籠石の列石(東門付近)。前面と上端が整然とそろい,ノミの跡も分かる。列石の基部は,土中に埋まり背後は土塁になってい...

大蔵永常が田原の農民のために著わした「門田之栄」の挿絵(渡辺崋山筆) 宮の渡し船の情景 右手前の黒服の農夫は永常がモデルとい...
最終更新日:
登録日: 2021-07-21
