
倉紡の専用荷揚場跡 鉄道開通まで倉敷紡績所で使用する原綿や製品は倉敷川の舟運を利用した

(煙突のある家)
松山倉敷両紡績合併

煙突のある風景

煙突のある工場

(煙突のある建屋)

煙突のある風景
煙突のある風景(大谷)
煙突のある風景(大谷)

倉敷付近の高梁川

倉敷川畔の町並み

武州浅川 敷島橋下の舟遊び
林況 奥倉川付近(東津野村)
林相 奥倉川付近(東津野村)
煙草の人気 : 巻煙草では「敷島」 : 刻煙草では「はぎ」 : 両切では「バット」 : 移り行く嗜好のいろいろ
有力紡績が期せず人絹計画を策す : 大日本紡を初め東洋、倉敷もする

旧徳川家松戸戸定邸 奥座敷棟
「新造舟はし 瀬川菊之丞」
「新造舟はし 瀬川菊之丞」
今に工場の煙突から煙が出なくなる好成績の『完全燃焼装置』 : 煙の都は昔のこと
煙の都大阪が『白色都市』になる : 近く煤煙防止令が布かれ煙突の煙り退治
[三共株式会社品川工場煙突]工事写真

久慈の町.砂鉄工場の煙突がみえる
![阿倉川村御用地分間一件/[屋敷]](https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/Miebunka/media/00211501/00211953_M.jpg)
阿倉川村御用地分間一件/[屋敷]

吹屋集落の南 相山にあった弁柄工場(大正10年ごろ) 現在その跡に「弁柄館」として工場が復元され 製造工程を見せている

フランス人技師が撮影した記録写真 〔上〕明治元年の横須賀製鉄所全景 船台はすでに使用しているが第1ドックは未完成 その奥が錬...

製糸業全盛期の岡谷風景(蚕糸博物館資料より)

下は上野彦馬撮影の長崎眼鏡橋。明治初年と思われる。原画は21.0×26.5cm(長崎市立博物館蔵)。

〔左〕手掘り井戸小屋が密集している明治中期の菅ヶ谷丘陵の風景(相良町史料館) 相良油田の中心部で 地質構造の特徴から石油鉱床...

復元された中馬追い “一綱四頭”の姿 昭和6年8月 長野県下伊那郡平谷村で市村咸人氏撮影 長野県教育委員会編『中馬制の記録』...

〔右〕利根川口の船戸にあった水堰 洪水時に運河の水流を遮断するのが目的であった(協力:野田市立郷土博物館)

官営製鉄所の設備であった鉄皮式25t高炉。写真は田中製鉄所時代の改造された状態。釜石製鐵所史料館蔵のアルバムより。

開陽丸の進水式(当時の新聞にのった木版画) 数千の見物人が集まったという

〔左〕大正9年ごろ天竜電力瀬尻発電所時代の建物 右が発電所で左は社宅と思われる(小平記念館提供)

下は中島川対岸から見た上野邸(上野彦馬撮影,長崎県立図書館蔵)。台紙裏に明治23年の内国勧業博覧会有功賞(メダル)が印刷され...

〔中〕大正4年ごろ旧運河橋付近を航行する外輪蒸気船

薩摩藩の御手伝普請により宝暦5年完成した千本松締切堤 完工当時植えられた松が 揖斐川の流れに濃い影を落としている

左は開坑当初の幌内炭鉱(「北海道炭礦汽船株式会社五十年史」より) 明治14年に現在の幌内駅に近い本沢坑・滝の沢坑がまず稼行を...

大正期の海野宿風景(海野宿資料館蔵)。宿場の西端で,このあたりは茅ぶき屋根が多かった。

〔左〕開削工事中の利根運河 左手前の人物はオランダ人技師ムルデルではないかといわれる

明治初年の磯 手前が異人館 その奥が紡績所 左手奥が機械所(現在の尚古集成館)

フランス人技師が撮影した記録写真 〔上〕明治元年の横須賀製鉄所全景 船台はすでに使用しているが第1ドックは未完成 その奥が錬...

〔左〕絲原家の鉄穴だたら(右手の大きい建物が炉のある高殿) 時代は明治末期か大正

妙法寺献上場の図 明治維新ごろまでの状態という 大正3年発行「日本石油史」所載(国立国会図書館蔵)

伊賀七が測量・作図した『分間谷田部絵図』(部分) 天明8年(1788)の作

明治末期の下新河岸船着場の風景。後は旭橋。(斎藤貞夫氏提供)

幌内鉄道の石炭輸送列車 明治中期 野幌付近(三笠市立博物館展示品 原画は北海道大学の所蔵)

谷地地方(西村山郡河北町)は,紅花生産・流通の一中心地であった。紅花豪商として知られた堀米家の屋敷が,紅花資料館として公開さ...
最終更新日:
登録日: 2021-07-21
