
松江市浜佐陀町の佐陀川起点 前方が宍道湖 佐陀川は200年前の開削以来 宍道湖増水時の沿岸の水害を防いできた

門川.乙島を前に控えた漁港

佐陀川の開削は宍道湖の排水だけでなく “潟の内” の低湿地帯を広大な水田に変える恩恵をもたらした(松江市古志町で '84.9...
中島佐衡書簡 宍戸璣宛

能代港.米代川の河口を利用した港

曇日の隅田川

恋の湊露の出島

大湊港.旧海軍の遺物と入港した自衛隊艦艇

土佐三十絵図 母島港

現在の宇品港(広島市) 約2kmの沖にあった宇品島(右)を築堤でつなぎ港を設けた

入江を利用した玉島港とその市街
頻々たる濠洲の罷業 : 大湊海軍少佐談
「轎曇弥 市川左団次」「耶須陀羅女 中村福助」
湊川改修の結果

柳島朝の恵方

宇陀川のそばを通る街道

大湊港に残る旧海軍の錨

宇陀川の景観

宇陀川の景観

竹島,コモリの港
大隅国口永良部島港図・大隅国屋久島一湊之図

竹島コモリ港の上より硫黄島を見る

弓張岳からみた佐世保港

弓張岳からみた佐世保港

新日本製鐵釜石製鐵所。高炉の火は止まったが,明治9年の民営製鉄所創業以来,総出銑量は4,650万tに達した。日本鉄鋼業の先駆...

かつて鋭角的な偉容を見せていた忠隈炭鉱のボタ山(穂波町)も今は緑に覆われ おだやかな自然の一部と化した 高さ110m

現在の堺市戎島町かいわい 明治3年に操業を開始したわが国2番目の機械紡績工場(薩摩藩の堺紡績所)はこの対岸のあたりにあった ...

由良台場跡(大栄町) 文久3年鳥取藩が設けた西洋式海岸砲台 武信潤太郎が設計・工事監督に当たり 六尾反射炉で鋳造した砲を据え...

〔石川県福浦港〕能登外浦唯一の湾入を持ち風待ち港として栄えた

小さな港 種子島西三表市

埋め立てられ 水門だけが残る塩田跡 今も地表に塩分が上がってくる(鳴門市高島)

グラバー邸。文久2年ごろの建築とされる。内外の商人・政治家が出入りして、策謀の基地となった。

〔石川県塩屋港〕大聖寺川を利用した河口港 少し上流の瀬越港とともに北前船主の根拠地として有名であった

大阪市旭区毛馬で淀川への流入量を制御する水門(洗堰)と閘門 近年改築されている

現在の岡谷市 製糸工場の煙突もほとんど見えず精密工場の町として発展している

大津市三保崎の取入口(左)とその奥にある制水閘門 湖水の増減にかかわらず一定量が流れ込むよう調節する 右側(南側)は通船用の...

安来港と十神山。戦国時代には、中海ににらみをきかす砦が十神山にあった。江戸~明治期には、米や鉄を積み出す船が港を埋める盛況だ...

いか干し 隠岐西ノ島赤ノ江にて

神戸スパイ事件 彼はどんな暗躍をしたか

やまなみハイウェイ

太田川デルタ地帯にある広島は、河川舟運による物資の集散が便利で、藩政時代から様々な産業が発達した。

ポートタワー展望台から見た神戸港 中央の高い貿易センタービルの右下(高速道路のランプ付近)が神戸海軍操練所の跡に当たる 左手...

沼津兵学校や附属小学校の生徒が水練に励んだ狩野川

〔右〕中央は日鉱記念館本館 右は保存されている第1竪坑やぐら 左奥の空き地は選鉱場跡

京都駅前の京都タワーから東側を見る 現在の東海道本線・新幹線は鴨川を渡ってすぐ東山トンネルに入るが 最初の京都・大津間鉄道は...

峰之沢鉱山跡 中腹に見えるサラ地が選鉱場跡 杉林の切れ目は 鉱石や人を運んだインクラインの軌道跡 その下に鉱石船積み設備の一...

吉井川中流の河港本和気(和気町)には舟番所もあった 河岸は改修されているが舟着場の面影を残す 川倉も残っている

愛知県新城市桜渕の河港(川岸)跡 新城は馬背による陸運と豊川舟運との接点で 信州中馬や三州馬が付けてきた荷は ここから舟で吉...
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
