
福浦港

能登 滝之浦
「諸国六十八景」 「能登 福浦湊」

能登半島 七尾湾

雪が降る船泊り 能登内浦町小木港
福岡と港湾設計

大東亜共栄圏港湾調査

能登島 箱名の入江.内浦
長門国彦島福浦港
露国政府の浦港繁栄政策

古く栄えた漁港.厳原町浅藻

若狭湾周辺(小浜港、内浦湾、すずらん丸)

能登半島外浦地方 海苔取り 9
六十余州名所図会 能登 滝之浦

「六十余州名所図会」 「能登」「滝之浦」
「六十余州名所図会」 「能登 瀧之浦」

「六十余州名所図会」 「能登」「滝の浦」

「六十余州名所図会」「能登」「滝之浦」

六十余州名所圖會・能登 瀧之浦

「六十余州名所図会」 「能登 瀧之浦」
「六十余州名所図会」「能登 瀧之浦」
東京湾修築と横浜港計画模様がえ : 内務港湾調査会
港湾荷役能率の増進は運航能率に比例
田の浦築港埋立計画 : 総工費額一千万円=門司港唯一の補助港

鹿島町恵曇の湊橋から見た佐陀川 宍道湖を起点に島根半島を横断してきた佐陀川は 前方の恵曇港で日本海に出る この恵曇港も 佐陀...

現在の岡谷市 製糸工場の煙突もほとんど見えず精密工場の町として発展している

かつて鋭角的な偉容を見せていた忠隈炭鉱のボタ山(穂波町)も今は緑に覆われ おだやかな自然の一部と化した 高さ110m

新日本製鐵釜石製鐵所。高炉の火は止まったが,明治9年の民営製鉄所創業以来,総出銑量は4,650万tに達した。日本鉄鋼業の先駆...

加悦駅構内の転車台は,鯉の泳ぐ池になっている。汽笛も車輪のきしみも聞こえなくなって久しい。

現在の堺市戎島町かいわい 明治3年に操業を開始したわが国2番目の機械紡績工場(薩摩藩の堺紡績所)はこの対岸のあたりにあった ...

三隅川(筑後川上流)に沿う日田の街並み 対岸が大蔵永常の生まれた旧紺屋町あたり

いか干し 隠岐西ノ島赤ノ江にて

現在の室津港は,漁船の船溜りとして活用されている。右手が内港の港口。

牟呂用水第一樋門(新城市一鍬田)。明治27年,豊川からの取入口に服部長七が人造石で施工。一部改造されているが,ほぼ旧状を止め...

大津市三保崎の取入口(左)とその奥にある制水閘門 湖水の増減にかかわらず一定量が流れ込むよう調節する 右側(南側)は通船用の...

御影用水の落差工 用水は谷を渡るためここで9.6mの落差をつくる 第3発電所はこの落差を利用する 右側は発電用分水工

右上は同じ地点で見た現在の製鉄所跡。

生野の町で見かけた旧鉱山社宅 くずれかけた築地塀に明治期の“官員様”の威風がかすかに残っている

取入れ口から1km余。院内町宅畑付近の広瀬井手。山腹に沿ってゆるやかな勾配で開削され,津房川(左)との比高が次第に開く。

開拓の村入口の旧札幌停車場 昭和26年まで札幌市民に親しまれた米国風スティックスタイル様式 明治41年の建築を80%に縮小し...

マインランド尾去沢 広場の奥に観光坑道の入口がある 総合センターの建物の上に長く見えるのは 鉱石運搬用電車の通路

小さな港 種子島西三表市

安来港と十神山。戦国時代には、中海ににらみをきかす砦が十神山にあった。江戸~明治期には、米や鉄を積み出す船が港を埋める盛況だ...

民営時代に池田地方の有力刻み製造業者であった内田岸太郎の建物(中央) 民営工場は全国に多数あったが この種の建物で残存する例...

北前船の寄港地 左から〔新潟県小木港〕佐渡南端にあり西回り航路の重要な中継地だった

京都駅前の京都タワーから東側を見る 現在の東海道本線・新幹線は鴨川を渡ってすぐ東山トンネルに入るが 最初の京都・大津間鉄道は...

大津市三保崎の取入口(左)とその奥にある制水閘門 湖水の増減にかかわらず一定量が流れ込むよう調節する 右側(南側)は通船用の...

現在の宇品港(広島市) 約2kmの沖にあった宇品島(右)を築堤でつなぎ港を設けた
最終更新日:
登録日: 2021-07-21
