第三発電所貯水槽側面 ガッシリした3連アーチが水槽を支える 通常の石垣でも目的は達せられるが 石工の腕の見せどころでもあろう

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〔右〕第二発電所の貯水槽の上から見た小里川の谷 前方の屈曲部の先に高さ114mの新しいダムができる

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庄内用水元杁樋門(名古屋市守山区瀬古)。用水取り入れのため庄内川堤防を暗渠で横断する施設。明治43年,切石積と人造石で改築さ...

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大正9年完成の円上寺隧道(1,125m)島崎川沿岸の水を日本海へ放流する

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牟呂用水第一樋門(新城市一鍬田)。明治27年,豊川からの取入口に服部長七が人造石で施工。一部改造されているが,ほぼ旧状を止め...

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水車紡の中心地であった岡崎市滝町(旧常磐村滝) 水車を運転するため青木川に設けられた堰堤や水路が今も一部残っている 両岸には...

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虹澗橋(三重町菅尾) 文政7年(1824) 交通の難所であった柳井瀬の谷に架けられたアーチ橋 橋長31m 径間25.2m 拱...

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浮桟橋と連絡する可動橋の設置跡。埠頭石積みが斜めに切り込まれている。

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佐田神社本殿裏の煉瓦塀 反射炉跡から採取した煉瓦で築かれた 炉内にあった部分らしく焼けただれており高温での操業を思わせる

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中部電力小里川第一発電所(岐阜県瑞浪市) 大正11年 多治見電燈所により建設され ペルトン社製水車とGE社製発電機で発電を開...

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今も残っている旧第一発電所(明治36年完成 600kW)の水槽 下の円形アーチに水圧鉄管が接続していた 左は現発電所の水圧鉄管

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御影用水の落差工 用水は谷を渡るためここで9.6mの落差をつくる 第3発電所はこの落差を利用する 右側は発電用分水工

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寛永年間に開かれた早房坑 古い間歩の面影を残す 最初に発見された不動坑と地下でつながっていた 安政年間に採掘をやめたが明治に...

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中はA窯の焼成室内部 幅3.5m 奥行1.1m 天井は煉瓦でアーチ状に組み粘土を詰めてある

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〔左〕橋脚の周りの洗掘りを防ぐため川床は広く敷石で固められている

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〔左〕反射炉の北側下部 二つの穴は並列する溶解室に接続していた部分と思われる 煉瓦の崩壊と後の補修で原形が分かりにくくなった...

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滝裏の「堀貫」の一部。人が這って通れる程度の広さだが,今もよく形を残している。

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中城城二の丸の城壁 蛇行する石塁とその上の胸壁に本土の城郭にはない大陸的な技法が感じられる 築城年代の遅い中城城は沖縄の城の...

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取入れ口から1km余。院内町宅畑付近の広瀬井手。山腹に沿ってゆるやかな勾配で開削され,津房川(左)との比高が次第に開く。

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西側煙突の内部 耐火煉瓦表面と目地の粘土は溶解凝固して磁器状になっており かなりの高熱にさらされたことが想像できる

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琵琶湖疏水大津口 湖の水はまっすぐ長等山トンネルへ流れ込む 両岸には工事関係者が植えた桜並木が続く

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吉井川中流の河港本和気(和気町)には舟番所もあった 河岸は改修されているが舟着場の面影を残す 川倉も残っている

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竜岡城(長野県南佐久郡臼田町) 日本に二つしかない五稜郭 内側の石垣を伊那の石工 外側の石垣を地元の石工と農民が築いたという...

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明治36年に開坑した中野家の機械掘り3号井。今も原油を汲み上げ続けている。左は中野邸。

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民営時代に池田地方の有力刻み製造業者であった内田岸太郎の建物(中央) 民営工場は全国に多数あったが この種の建物で残存する例...

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最終更新日:

登録日: 2021-07-21