濠洲の大水電 : 落差千尺を超ゆ
発電水力の将来 : 工業用電力増進

浅間山麓の緑の中を流れる湯川 奥は昭和33年に完成した御影用水頭首工 ここで分水された農業用水を発電に利用している

第一疎水(右)と第二疎水は蹴上で合流しここからまた上水用・発電用に分かれる
水力発電工事の促進

葛西用水 水落ちる
工業発達と水電
これは珍聞!「人間ランプ」の発明 : 人体から発散する電気を応用して

安積疏水の新取水口 猪苗代湖の水はここから直接隧道に入り五百川の谷に流れ下る灌漑用水・発電用水の需要増大で湖水の利用水深は昔...

水車で電気をおこすはなし
余水は田地へ落差は電力へ : =一石二鳥を射て= : =絶対損をせぬ= : 朝鮮の電気事業

分水工から第2発電所へ向かう水圧管(内径0.8m) 斜面中央の建物は第3発電所 その奥では御影用水が谷をまたいでいる
世界に誇るべき水電事業の新研究 : 落差の効力を十分に発揮させる : 宮城博士の「水泡消却」

発電水力の開発

旭川電気株式会社の水力発電用木管敷設工事
水晶振動子を用いるバイオセンシングシステムの開発
「余る電力」を工場へ : 豊水期を前に深夜間の利用策を協議

2 は発電に使う蒸氣を水にもどすための冷却用水井戸
仁川の潮差で発電 : 島と島をつないで満水池と空池を造る
土木日本の凱歌はブラジルにも輝く : 大水力電気工事を落札
発電水力の標準使用水量並に水力火力併用に関する研究
低落差小水力水車に関する研究

はこ水
火電を仲継する水電

牟呂用水第一樋門(新城市一鍬田)。明治27年,豊川からの取入口に服部長七が人造石で施工。一部改造されているが,ほぼ旧状を止め...

鹿島町恵曇の湊橋から見た佐陀川 宍道湖を起点に島根半島を横断してきた佐陀川は 前方の恵曇港で日本海に出る この恵曇港も 佐陀...

新日本製鐵釜石製鐵所。高炉の火は止まったが,明治9年の民営製鉄所創業以来,総出銑量は4,650万tに達した。日本鉄鋼業の先駆...

今も残っている旧第一発電所(明治36年完成 600kW)の水槽 下の円形アーチに水圧鉄管が接続していた 左は現発電所の水圧鉄管

吉井川中流の河港本和気(和気町)には舟番所もあった 河岸は改修されているが舟着場の面影を残す 川倉も残っている

現在の堺市戎島町かいわい 明治3年に操業を開始したわが国2番目の機械紡績工場(薩摩藩の堺紡績所)はこの対岸のあたりにあった ...

グラバー邸。文久2年ごろの建築とされる。内外の商人・政治家が出入りして、策謀の基地となった。

〔右〕第二発電所の貯水槽の上から見た小里川の谷 前方の屈曲部の先に高さ114mの新しいダムができる

取入れ口から1km余。院内町宅畑付近の広瀬井手。山腹に沿ってゆるやかな勾配で開削され,津房川(左)との比高が次第に開く。

永吉水車館跡 記念碑は気づかれぬほど小さいが 水車に使った石井手用水がわずかに昔の名残をとどめている

かつて鋭角的な偉容を見せていた忠隈炭鉱のボタ山(穂波町)も今は緑に覆われ おだやかな自然の一部と化した 高さ110m

竜岡城(長野県南佐久郡臼田町) 日本に二つしかない五稜郭 内側の石垣を伊那の石工 外側の石垣を地元の石工と農民が築いたという...

〔中〕山方町諸沢に今も残る中島藤右衛門の生家 山深い里で農民のための新技術が生まれた

庄内用水元杁樋門(名古屋市守山区瀬古)。用水取り入れのため庄内川堤防を暗渠で横断する施設。明治43年,切石積と人造石で改築さ...

由良台場跡(大栄町) 文久3年鳥取藩が設けた西洋式海岸砲台 武信潤太郎が設計・工事監督に当たり 六尾反射炉で鋳造した砲を据え...

埋め立てられ 水門だけが残る塩田跡 今も地表に塩分が上がってくる(鳴門市高島)

現在の水沢鋳物の主流は各種機械部品の製造。鋳型づくりも機械化されている(及源鋳造)。

〔石川県福浦港〕能登外浦唯一の湾入を持ち風待ち港として栄えた

中部電力小里川第一発電所(岐阜県瑞浪市) 大正11年 多治見電燈所により建設され ペルトン社製水車とGE社製発電機で発電を開...

小さな港 種子島西三表市

三隅川(筑後川上流)に沿う日田の街並み 対岸が大蔵永常の生まれた旧紺屋町あたり

水車紡の中心地であった岡崎市滝町(旧常磐村滝) 水車を運転するため青木川に設けられた堰堤や水路が今も一部残っている 両岸には...

転勤の季節 五島列島福江港

中城城二の丸の城壁 蛇行する石塁とその上の胸壁に本土の城郭にはない大陸的な技法が感じられる 築城年代の遅い中城城は沖縄の城の...
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
