
北前船のイカリ 沈船から引上げたもの(金沢市大野湊神社)

一介の職人ながら蒸気船の建造に成功した前原喜市(巧山)の墓 宇和島市西江寺

左は南牧村羽沢の五郎兵衛墓 遺髪を収めてある

左は正徳3年(1713)に国東町の泉福寺参道石段を築造した宇佐石工 吉用兵左衛門と半七の刻銘

戦後使われるようになった機械掘りの足場 動力でヒゴを巻上げるためヒゴ車が小さい 上総掘師近藤晴次氏(右)の現場

新津市古田南にある「八珍柿」の原木。推定樹齢260年。

大正期の海野宿風景(海野宿資料館蔵)。宿場の西端で,このあたりは茅ぶき屋根が多かった。

〔左〕西縁一の関跡 関の基礎杭と底板らしいものが見える

百川の山麓を流れる用水 右は用水開削時に「開発役所」の置かれた宝光院

雷山神籠石の北水門。海抜400mの渓谷にある強固な石積で三つの通水孔を持つ。本格的調査は行われていない。

おつぼ山神籠石の第一水門。昭和38年に発掘調査が行われた。平地に近い谷の出口に設けられ,中央寄りに通水孔がある。列石の場合と...

〔左〕高萩市赤浜の長久保赤水旧居(前新屋・長久保甫氏宅)と旧浜街道

琵琶湖疏水大津口 湖の水はまっすぐ長等山トンネルへ流れ込む 両岸には工事関係者が植えた桜並木が続く

右は釜屋間歩 慶長の初め安原伝兵衛が開発

那須連山を源とする那珂川の水は,取り入れ口から亀山隧道を抜けて那須野が原の台地上に姿を現す。

坂出墾田の碑(坂出市京町)

寛永年間に開かれた早房坑 古い間歩の面影を残す 最初に発見された不動坑と地下でつながっていた 安政年間に採掘をやめたが明治に...

〔左〕六工社の水車場跡 近くの神田川の水を引いて糸枠回転の動力とした

赤坂峠から根羽宿へ下る谷には 所々に旧伊那街道の跡が認められ それに沿う小集落には 馬宿の面影を残す民家や馬頭観音なども散見...

在来種の台木に高接した「平核無」。平核無の生長力が強いため,しばしばこのような「台負け」現象が起きる(羽茂町で)。

不動川相谷に残る小形石堰堤 高さ約2.5m 補修のため積み直されたが石の位置は忠実に復元された 明治前期砂防堰堤の典型的構造...

中はA窯の焼成室内部 幅3.5m 奥行1.1m 天井は煉瓦でアーチ状に組み粘土を詰めてある

水田と清流 四万十川上流仁井田川の川岸

海軍伝習所跡の石標 日本最初の科学技術教育機関でもあった
最終更新日:
登録日: 2021-07-29


















