車懸奇軍配

六把野井水懸樋

「たからはな車」

寿橋に増設された排水樋管

寿橋に増設された排水樋管

1 山から流れ下った水道の溜から桶を見下ろした所

懸樋で川を越える幹線水路 前方の揚水機場からは 右手の高位部耕地へ配水する(紫波町南伝法寺)

枝條架で濃縮された海水は集められ鹹水槽に送られる
車懸奇軍配、初髯奴丹前

温古写真集 28.神田川 水懸樋
為替安定は望めぬ : 円価は再び海外市場の支配に委ねられた

〔右〕現在の4号樋門 コンクリートで改築され排水機場が設けられている

為取替之事(二枚池用水樋取替に付)

〔右〕上尾市瓦葺の掛樋跡 綾瀬川を越える掛樋(水路橋)は はじめ木造で明治末に鉄製に架け替えられた その煉瓦造の橋台が残って...

延命村上樋懸用水取水一件申上書控

葺き替えられた合掌屋根

損保から寄贈された消防車の放水試験

損保から寄贈された消防車の放水試験

損保から寄贈された消防車の放水試験

損保から寄贈された消防車の放水試験

損保から寄贈された消防車の放水試験

損保から寄贈された消防車の放水試験

損保から寄贈された消防車の放水試験

損保から寄贈された消防車の放水試験

上は現在の三菱長崎造船所飽の浦地区

民営時代に池田地方の有力刻み製造業者であった内田岸太郎の建物(中央) 民営工場は全国に多数あったが この種の建物で残存する例...

開拓の村入口の旧札幌停車場 昭和26年まで札幌市民に親しまれた米国風スティックスタイル様式 明治41年の建築を80%に縮小し...

大津市三保崎の取入口(左)とその奥にある制水閘門 湖水の増減にかかわらず一定量が流れ込むよう調節する 右側(南側)は通船用の...

現在の宇品港(広島市) 約2kmの沖にあった宇品島(右)を築堤でつなぎ港を設けた

福岡県朝倉町の菱野3連水車 水田へ揚水するため毎年6月から10月まで回り続ける

インクライン 撤去されていたレールや艇架台も復元され京都の新名所になった

生野の町で見かけた旧鉱山社宅 くずれかけた築地塀に明治期の“官員様”の威風がかすかに残っている

ペリー上陸記念碑 アメリカ大統領フィルモアの国書を手交するためペリーがここに上陸し浦賀奉行と会った 開国への第一歩がこの時始...

永吉水車館跡 記念碑は気づかれぬほど小さいが 水車に使った石井手用水がわずかに昔の名残をとどめている

アプト線の象徴であったラックレールも今では踏切の踏板代わり(横川駅付近)

加悦駅構内の転車台は,鯉の泳ぐ池になっている。汽笛も車輪のきしみも聞こえなくなって久しい。

マインランド尾去沢 広場の奥に観光坑道の入口がある 総合センターの建物の上に長く見えるのは 鉱石運搬用電車の通路

浮桟橋と連絡する可動橋の設置跡。埠頭石積みが斜めに切り込まれている。

〔左〕開削工事中の利根運河 左手前の人物はオランダ人技師ムルデルではないかといわれる

旧睦沢学校 明治8年完成 藤村式建築の代表といわれる 昭和32年まで80年間校舎として使い41年甲府市武田神社境内に移築 現...

若喜商店(味噌醤油醸造)の座敷蔵 明治38年に建てられた煉瓦蔵でベランダのある和洋折衷方式 軒先の煉瓦装飾がおもしろい

右は繰糸所の内部(岡谷市立蚕糸博物館蔵)

現在の磯 右手に異人館がある 地形は変わらないが昔の薩摩藩工業基地の面影はない

弦材に鋼を採用したためか それ以前の全錬鉄橋に比べると肉薄ですっきりして見える 腐食したリベットを交換したほかには 鋼・錬鉄...
Tokyo Tower

観光施設となった鯛生金山 駐車場隣のグランドは元鉱滓堆積場 前方はレストハウス・金山資料館など 坑道入口はその奥

白鹿記念酒造博物館 創業320年を記念して昨年設立された

大野港 かつては隣の宮腰(現在の金石)とともに北前船の出入りでにぎわった
最終更新日:
登録日: 2021-07-21
