耐火煉瓦の原料粘土(白土)を採掘した跡と思われる斜面 窯跡は右手の林の中

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大井川が刻んだ深い谷に沿って井川線の列車が登ってゆく(犬間―川根長島間) 長島ダムの建設によってこの谷も水没し井川線はアプト...

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“香嵐渓”の名で知られる巴川の清流 そのほとりで山の暮らしと手仕事の再現が試みられている

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藤沢谷(板山付近) 杖突峠に至る谷あいの村々から多くの石工が旅稼ぎに出ていった

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砥石山の露天堀跡(群馬県南牧村砥沢) 数百年にわたり砥石を掘り取り続けたため山の一角が消えてしまった 近くに水抜坑跡もある

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旧中山道の峠からの眺望 目の下の谷を信越本線が通っている 右手遠景は入山峠 左に妙義山 昔からこの険峻な国境を越えるため多く...

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天竜川対岸から見た不動沢 林道橋の上方の不動滝(一の滝,写真では見えない)付近で取水し 300m余の落差で 沢の出口に近い発...

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松崎の町 かつては西伊豆第一の商港としてにぎわい 異色の人材を多く生み出した

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〔左〕穴堰跡 滝ノ頭の湧水を百川方面へ落とすためトンネルを掘ったが 崩壊が激しいため切り崩して開渠とした

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八十八番目の札所 大窪寺

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伊豆天城山のふところ深く 苔むして横たわる登窯の遺構(斜め左側から見たA窯)

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峰之沢鉱山跡 中腹に見えるサラ地が選鉱場跡 杉林の切れ目は 鉱石や人を運んだインクラインの軌道跡 その下に鉱石船積み設備の一...

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旧円上寺潟の低地を貫く近代的な排水路 2本のトンネルで日本海へ放流している

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中は取水口から沼上隧道まで続いている旧水路(約3.9km)

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銀山の西を区切る大仙山 この谷の奥にも不動坑をはじめ古い坑跡があるらしい

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象山(長野市松代町)より西条方面を望む 山麓手前の森の陰あたりが六工社跡

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城山から見た宇和島の市街と港 埋立てのため現在の海岸線は幕末のころと大きく変わっている 慶応2年にはイギリス公使パークスらも...

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球磨川 球泉洞付近

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新潟県上越市の岩の原葡萄園。標高60~170mの斜面に,川上善兵衛が開いたブドウ畑が広がる。完熟したブドウの甘い芳香が漂う。

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大歩危

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右はC窯の最上部 コクド(煙道)の隔壁と思われる部分 その他は土砂に埋もれている

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山間の水田 智頭町奥本

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釈迦堂遺跡(山梨県勝沼町・一宮町)。前方の釈迦堂遺跡博物館を中心とする一帯に遺跡群があった。甲府盆地の向こうは南アルプス。右...

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台地に切り込まれた勘十郎堀の跡は,現在は水田や沼になっている。

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音羽山中腹から見た逢坂山付近 逢坂山トンネルは左図のように大津側へ抜けていた

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最終更新日:

登録日: 2021-07-29