
城山から見た宇和島の市街と港 埋立てのため現在の海岸線は幕末のころと大きく変わっている 慶応2年にはイギリス公使パークスらも...

松崎の町 かつては西伊豆第一の商港としてにぎわい 異色の人材を多く生み出した

佐田盆地の現況 佐田川の対岸が佐田の集落 その右に見える森が反射炉のあった宮の台(佐田神社) 前方の剣ノ木山に向けて大砲の試...

新潟県上越市の岩の原葡萄園。標高60~170mの斜面に,川上善兵衛が開いたブドウ畑が広がる。完熟したブドウの甘い芳香が漂う。

台地に切り込まれた勘十郎堀の跡は,現在は水田や沼になっている。

右はC窯の最上部 コクド(煙道)の隔壁と思われる部分 その他は土砂に埋もれている

宇和島港外の入江 安政のころ洋式帆船や蒸気船の試運転が行われた 前面は九島

諏訪山からの眺め 遠景中央に並ぶのが鉢伏山と旗振山 右手が高取山 各地点と諏訪山との間で 旗振り実験を行った

“香嵐渓”の名で知られる巴川の清流 そのほとりで山の暮らしと手仕事の再現が試みられている

峰之沢鉱山跡 中腹に見えるサラ地が選鉱場跡 杉林の切れ目は 鉱石や人を運んだインクラインの軌道跡 その下に鉱石船積み設備の一...

旧中山道の峠からの眺望 目の下の谷を信越本線が通っている 右手遠景は入山峠 左に妙義山 昔からこの険峻な国境を越えるため多く...

新津丘陵に点在する油井群(新津市小口)。ポンピングパワー(山上の小屋の中)から伸びるワイヤーで,複数の採油ポンプが駆動される...

養老町大牧の「薩摩工事役館跡」 御手伝普請に参加した平田靱負以下の薩摩藩士はここにあった豪農屋敷に本小屋(工事本部)を置いた

大榑川洗堰の築堤を記念する「薩摩堰遺跡」の碑 長良川の水が揖斐川に流れ込むのを防ぐため設けられた洗堰(石堤)は 現在は前方に...

六尾反射炉跡地の西側境界に残る土塁 昔はもっと高かったという この内側に沿って水路と水車があった 前方左側が元の正面入口

洋式燈台のさきがけとなった観音崎燈台 現在は14万カンデラの光度で20海里の沖まで照らす

紀州の山々

飛理原理発見の地,樅ノ木峠に立つ二宮忠八顕彰碑。大正15年建立(碑文は大正14年),題字は「魁天下」

燈明崎突端の山見跡 ここから旗で各船に合図や指示を送った 前方は熊野灘

旧円上寺潟の低地を貫く近代的な排水路 2本のトンネルで日本海へ放流している

藤沢谷(板山付近) 杖突峠に至る谷あいの村々から多くの石工が旅稼ぎに出ていった

音羽山中腹から見た逢坂山付近 逢坂山トンネルは左図のように大津側へ抜けていた

谷地地方(西村山郡河北町)は,紅花生産・流通の一中心地であった。紅花豪商として知られた堀米家の屋敷が,紅花資料館として公開さ...

黒川村塩谷の諏訪神社を中心とする一帯に “くそうず坪”群の跡があり 黒川村指定史跡になっている 近くには諏訪坪跡もある
最終更新日:
登録日: 2021-07-29















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