
台風襲来、高潮のため工場地帯大被害

水田地帯

地・洪水のあと

水害と衛生

水田地帯(池田)
板垣退助誕生地

帯 縹地色々段模様錦
江蘇安徽水害 : 二十年来の大洪水
谷秦山同垣守両先生書簡

「玉垣」「相生」「小柳」「式守錦太夫」
信濃地理 生徒用

(大洪水ニテ家屋浸水、田畑損害の葉書)

1785年、洪生員宅奴水同土地売買明文

帯 銀地花卉段文様モール錦

(安濃郡草生村地籍図※)/安濃郡草生村

⑤水戸市空襲戦災地域図

盛岡市大洪水写真帖 : 附・水害誌及略図

志戸崎の水田地帯

昭和10年水害 6月 : 濁水に襲われた家屋

書簡(洪水見舞御礼、被害状況等)

生水地蔵
奉直再戦の機運動く : 直隷一帯の水害から攻守の地位が顛倒した
水田ノ災害危険性段別調

阿波国全図 洪水浸水地色分図

三隅川(筑後川上流)に沿う日田の街並み 対岸が大蔵永常の生まれた旧紺屋町あたり

安来港と十神山。戦国時代には、中海ににらみをきかす砦が十神山にあった。江戸~明治期には、米や鉄を積み出す船が港を埋める盛況だ...

旧花田家番屋(国指定重要文化財) 留萌郡小平町鬼鹿字広富の海岸に残るニシン番屋 明治38年ごろの建築で現存最大の規模を持つ ...

浦賀灯明台跡(横須賀市指定史跡) 浦賀の干鰯問屋は 運上のほか この灯明台の維持費も負担した

電車の主電動機。手前は大正13,14年製造の300型に装備されたGE製35馬力。

京都府久御山町の宇治川(淀川中流) 対岸は京都市の淀地区で宇治川と桂川を分離するために築かれた“淀堤”が続いている

大江山山麓のニッケル鉱山跡。鉱石積込み用のホッパーが今も残っている。かつてはSLの引く鉱石列車が岩滝の製錬所との間を往復して...

愛知県新城市桜渕の河港(川岸)跡 新城は馬背による陸運と豊川舟運との接点で 信州中馬や三州馬が付けてきた荷は ここから舟で吉...

座喜味城(中頭郡読谷村) 1420年ごろ読谷山按司護佐丸の築城と伝えられる 城壁は沖縄独特の弧線を描く 日米両軍の陣地構築で...

分水工から第2発電所へ向かう水圧管(内径0.8m) 斜面中央の建物は第3発電所 その奥では御影用水が谷をまたいでいる

〔右〕裏側から見た福永家住宅 左手前から土蔵・離座敷・主屋・釜屋など 塩を積んだ上荷舟が往来した水路も残る

朝の山居倉庫 創設期に建てられた数棟は すでに100年に近い かつて米の搬入に使われた舟着場も そのままに残っている 山居倉...

〔石川県塩屋港〕大聖寺川を利用した河口港 少し上流の瀬越港とともに北前船主の根拠地として有名であった

庄内平野の稲刈り 収穫作業もコンバインですっかり機械化され 人影が少ない 酒田市東部の飽海郡八幡町南平沢で写す

かつて鋭角的な偉容を見せていた忠隈炭鉱のボタ山(穂波町)も今は緑に覆われ おだやかな自然の一部と化した 高さ110m

収穫の近いハッカ畑(北海道紋別郡滝上町上札久留) 9月中旬~下旬の開花期に刈り取る 現在の北見地方でハッカ畑を見かけることは...

復元修理された福永家住宅(鳴門市高島) 左からかん水溜・釜屋・主屋が並ぶ 江戸時代後期の建築で入浜式製塩設備の遺構として唯一...

那須疏水の恵みを受けて行われる田植え作業(西那須野町三区)。疏水は水田灌漑のほか畑地灌漑や上水道にも利用されている。

中部電力小里川第一発電所(岐阜県瑞浪市) 大正11年 多治見電燈所により建設され ペルトン社製水車とGE社製発電機で発電を開...

大津市三保崎の取入口(左)とその奥にある制水閘門 湖水の増減にかかわらず一定量が流れ込むよう調節する 右側(南側)は通船用の...

マインランド尾去沢 広場の奥に観光坑道の入口がある 総合センターの建物の上に長く見えるのは 鉱石運搬用電車の通路

洋式燈台のさきがけとなった観音崎燈台 現在は14万カンデラの光度で20海里の沖まで照らす

グラバー邸。文久2年ごろの建築とされる。内外の商人・政治家が出入りして、策謀の基地となった。

琵琶湖の流出量を調節する瀬田川洗堰(大津市南郷) 手前は明治38年に設けられた旧堰の遺構 遠景は昭和36年完成の新堰
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
