
和泉継場問屋酒井家(千葉市和泉町) 東金街道を江戸に向けて陸送される干鰯の中継所の一つであった

藍倉を持つ元藍師の家(板野郡藍住町前須) この倉は葉藍を発酵させ■を作る「寝床」であった 阿波藍の盛期をしのばせる風景が所々...

復元修理された福永家住宅(鳴門市高島) 左からかん水溜・釜屋・主屋が並ぶ 江戸時代後期の建築で入浜式製塩設備の遺構として唯一...

五六閘門(岐阜県穂積町)。長良川支流の五六川に架かる。長良川増水の際,逆流を防いで輪中地帯を守るため,江戸時代中期に設けられ...

〔右〕浅田義一さんの水車(直径約4.8m)先代から80年以上も続く最古参の業者だ

鉱夫の入浴場として使われていた通称“石風呂” 昭和10年ごろの建築 奥に見えるのは休養・娯楽施設の鉱友倶楽部 このあたり社宅...

杉山集落に立ち並ぶ蔵の一部 10年ほど前までは屋根がカヤぶきだった 純農村の蔵らしい武骨な造りが独特の迫力を見せる

左は若菜徳家(三津谷)の家財蔵 3階建ての煉瓦造り これだけで42,500本の煉瓦を使ったという

土壁の納屋 国東半島文殊寺近くの農家

左は揖斐川の支流杭瀬川の堤防に建つ「決潰守護神」(明治29年破堤の跡)

「赤門」と呼ばれる永島家の長屋門。江戸時代から浜代官や名主を勤めてきた旧家の格式を示す。

防火のため 板壁の上に土を塗った蒸籠倉も多かった 屋根の下にも厚く土を置いた 使わなくなった倉は荒れてゆく 川上村御所平で

仲町の角片山家 元は弁柄屋支配人の家 今は郷土館になっている 石州大工を呼んで明治12年に建てた 妻壁は修理前は弁柄壁だった

白鹿記念酒造博物館 創業320年を記念して昨年設立された

〔中〕山方町諸沢に今も残る中島藤右衛門の生家 山深い里で農民のための新技術が生まれた

善光寺経蔵

松方別邸(西那須野町千本松)。ここに大農場を経営した松方正義が明治36年に建てた別荘。那須野が原には政府高官の農場が多かった。

八幡製鐵所本事務所(北九州市八幡東区枝光) 官営時代の大正11年の建築 この町では“本事務所”で通る

〔右〕八丁橋近くにある鈴木家 見沼通船の差配を長く務めた

法灯千年の歴史と門跡寺院の格式を誇る滋賀院 城郭と見まがうほどの石垣は野面積み特有の力強い美しさをよく示している

神奈川県庁前の日本大通り 旧居留地と日本人街の堺に当たる 下水道を含めブラントンに整備された

若喜商店(味噌醤油醸造)の座敷蔵 明治38年に建てられた煉瓦蔵でベランダのある和洋折衷方式 軒先の煉瓦装飾がおもしろい

旧花田家番屋(国指定重要文化財) 留萌郡小平町鬼鹿字広富の海岸に残るニシン番屋 明治38年ごろの建築で現存最大の規模を持つ ...

全盛期の藍師の羽振りをしのばせる大規模な寝床(石井町の武智家) 徳島県指定文化財
最終更新日:
登録日: 2021-07-29













