
下は中島川対岸から見た上野邸(上野彦馬撮影,長崎県立図書館蔵)。台紙裏に明治23年の内国勧業博覧会有功賞(メダル)が印刷され...

下は中島川対岸から見た上野邸(上野彦馬撮影,長崎県立図書館蔵)。台紙裏に明治23年の内国勧業博覧会有功賞(メダル)が印刷され...
野見撮影会2海岸

上野彦馬写場で撮影の鶏卵写真

江口保男功績賞伝達記念撮影(知事室)

(上野彦馬と侍達)

写真功労者 上野彦馬氏,下岡蓮杖氏,内田九一氏 上野彦馬氏使用の写真機

多色刷 傘(上野三橋大茂)
明治元年 上野・根岸

「明治元年」 「上野」「根岸」

(上野彦馬邸と中島川)

花月案内・上野彼岸桜

上野継光ヘ賞金仕出シノ件
「上てうし 岸沢古野八」「三弦 岸沢里夕」

「上てうし 岸沢古野八」「三弦 岸沢里夕」

1995年1月23日 今津上野町

1995年1月23日 今津上野町

1995年1月23日 今津上野町

(東都の桜) 上野公園 (最近撮影)

(東都の桜) 上野公園 (最近撮影)

盲長屋梅加賀鳶、岸柳朧人影、彦山権現誓助刀、内裏雛三人上戸

盲長屋梅加賀鳶、岸柳朧人影、彦山権現誓助刀、内裏雛三人上戸
![[歴民カード_歴史] 上野彦馬肖像](https://khirin-i.rekihaku.ac.jp/iiif/nmjh_rekimin_h/14247098_02.tif/full/200,/0/default.jpg)
[歴民カード_歴史] 上野彦馬肖像

(長崎・中島川と上野彦馬邸)

フランス人技師が撮影した記録写真 〔上〕明治元年の横須賀製鉄所全景 船台はすでに使用しているが第1ドックは未完成 その奥が錬...

写真は帆を張って常陸利根川をさかのぼる高瀬船(大正9年・大利根博物館蔵) 高瀬船は利根川本支流と霞ケ浦などを航行していた

幌内鉄道の石炭輸送列車 明治中期 野幌付近(三笠市立博物館展示品 原画は北海道大学の所蔵)

竣工当時の開陽丸 バーク型3檣 長さ72.80m 幅13.04m 排水量2,590t 400馬力蒸気機関付き 汽走速力10ノ...

「飛理の原則発見」の図。烏の飛ぶ姿から飛行体に働く力の釣合いを理解した。忠八晩年の自筆。飛行神社所蔵。

左は開坑当初の幌内炭鉱(「北海道炭礦汽船株式会社五十年史」より) 明治14年に現在の幌内駅に近い本沢坑・滝の沢坑がまず稼行を...

「深谷八須精絲図」(64×92cm) 明治23年 深谷市永明稲荷社 手前では糸の整理や商談が行われ 裏手の工場では工女が働い...

開陽丸の進水式(当時の新聞にのった木版画) 数千の見物人が集まったという

〔左〕尼瀬における初期の手堀井(上)と尼瀬油田全盛時代の機械堀井 いずれも大正3年発行「日本石油史」より

永吉水車館跡 記念碑は気づかれぬほど小さいが 水車に使った石井手用水がわずかに昔の名残をとどめている

海軍伝習所跡の石標 日本最初の科学技術教育機関でもあった

インクライン 撤去されていたレールや艇架台も復元され京都の新名所になった

〔左〕尼瀬における初期の手堀井(上)と尼瀬油田全盛時代の機械堀井 いずれも大正3年発行「日本石油史」より

左は大地引網の網船の模型 左側が真網船 右が逆網船 各船に約30人が乗り組み指揮者の「沖合」は真網船に乗る 魚群に近づくと両...

尾去沢鉱山製錬所跡 昭和41年の製錬部門休止時まで使われていた

中は大正11年ごろの西大浜塩田風景 沼井へ塩分のついた砂を集める作業(鎌田共済会博物館提供)

京都方向からの旗振り信号を望遠鏡で読取る図 大津追分の後山とある 「風俗画報」172号(明治31年) 国会図書館蔵

下は中島川対岸から見た上野邸(上野彦馬撮影,長崎県立図書館蔵)。台紙裏に明治23年の内国勧業博覧会有功賞(メダル)が印刷され...

1棟だけ残るフランス人技師の官舎(異人館) 生野から神子畑選鉱場に移し一時事務所として使っていた

水電解工場。原料水素を製造する電解槽2,500槽(日立製作所製)を備えていた。現在は2槽のみ保存。

久里浜沖の黒船 先進文明の力を誇示して日本側を威圧した様子がうかがわれる(久里浜行政センター展示室の絵)

小形蒸気機関車に牽引され 上松付近の鬼渕鉄橋(木曽川)を渡る運材列車 昭和20年代の撮影(森林鉄道記念館所蔵写真)
[Attendant le pilote] : [estampe] (1er état, tiré à 3 épr., n° 2) / HG, [H. Guérard]

十字架 五島列島堂ヶ崎教会墓地
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
