
現在は高い堤防で参道と隔てられているが朽ちかけた一の鳥居が水際に建っており(右) 『図誌』に見える船着場の常夜灯(明和6年)...

誘蛾電灯に就いて

防潮堤の内側に家が密集している.焼津市

記念写真 すでに灯火管制が解かれている

『死について I 』:夜

右に飛ぶのが人魂.空には月.電灯の低い家に頭の大きい子が横になっている

壺の上に林檎が載って在る

立川に電灯がともる

(書簡・堤普請について)他

急御用(堤算用について)

名義抄の禾音アクセントが現在方言に残っている例

船が繋がれている川

御用状(堤造用について)他

1 隠岐丸が着く時刻になると,港に人々が集ってくる
わが姓について

山鹿市大宮通りにて。町には数名の山鹿灯籠師がいて、夏の灯籠祭に備え、制作に忙しい。(35ミリ)

鼠が跳梁している
ニッポンチリーに入る : アリカに安着、今夜サンチャゴへ向う

(堤下底樋前後浚について)他

「実在論」についてのメモ等

普遍・実在についてのメモ
漂着物についていたウミケムシの1種

いろいろな人種が歩いている

下には家が描かれているのだが,上にベタベタするほどクレオンをこすりつけている

文化9年に造立された国見町下岐部海岸の常夜灯 当地の最初の地元石工「岐邊安兵衛達徳」の刻銘がある

石塔寺(蒲生郡蒲生町)の三重層塔 古代近江の渡来人文化を象徴する石造美術

右は昭和51年の長良川堤防決潰の跡に建つ「治水観音」 水害防止を祈る住民の悲願の象徴でもある

右は炭鉱の苦役で死亡した空知集治監の囚人約1,000人を祭った「合葬之墓」(三笠市柏町) 左側に並ぶのはここで獄死した自由党...

中は熱田湊常夜燈(名古屋市熱田区神戸町) 七里の渡の安全のため寛永2年に創建された

左は揖斐川の支流杭瀬川の堤防に建つ「決潰守護神」(明治29年破堤の跡)

旧睦沢学校 明治8年完成 藤村式建築の代表といわれる 昭和32年まで80年間校舎として使い41年甲府市武田神社境内に移築 現...

香福寺の宝篋印塔(享保7年) 整然とした仕上げに高遠石工の技倆を見せる

製鉄所裏山の尾根に祭られた山神。祠の鋳鉄製柱に「明治八年乙亥三月十九日」の文字が刻まれており,製鉄所の操業開始の時期を暗示し...

大久保長安の墓(逆修塚)かれの死後こわされたが江戸時代後期に再建された 銀山の繁栄再来を願っての供養なのだろうか

反射炉煙突の上部は煉瓦で組み上げてある 煉瓦は地元の小畑焼の窯で焼かれたという 西側煙突の先端は明治28年の地震で崩壊した

久米通賢の墓(引田町馬宿)

白鹿記念酒造博物館 創業320年を記念して昨年設立された

水道創設記念噴水塔 横浜水道完成を記念して英国から輸入され 横浜停車場(現桜木町駅)前広場で市民に親しまれた 左は西谷浄水場...

右は国鉄五大事故の一つといわれた熊ノ平山くずれ(死者50人)の殉難碑

〔右〕明治34年 山居沢で日本最初のカーバイド製造に成功した藤山常一博士の顕彰碑 発電所の東隣にある

〔左〕坑内照明具も原始的なサザエ灯から洋式のカンテラに変わった

佐太神社参道ぎわに立つ「清原太兵衛翁紀功碑」 裏面にその事績を刻む 昭和3年建立

山王神社二の鳥居 片足ふきとぶ

旧尾県学校(山梨県都留市) 明治11年竣工 半円形バルコニーが特徴 トタン葺屋根は当初コケラ葺だった 現在は都留市尾県郷土資...
![[歴民カード_歴史] 東根供養塔](https://khirin-i.rekihaku.ac.jp/iiif/nmjh_rekimin_h/10947067_02.tif/full/200,/0/default.jpg)
[歴民カード_歴史] 東根供養塔

大正9年完成の円上寺隧道(1,125m)島崎川沿岸の水を日本海へ放流する

〔福井県三国港〕九頭龍川河口に位置し福井城下町の外港として豪商が軒をつらねていた

反射炉北側の広場には 発掘調査で発見された柱穴跡にイヌヅケが植えられ 芝生で建物跡を示している 台地南端に立つ反射炉は 昔は...
最終更新日:
登録日: 2021-07-21
