
(蓑笠の男、比叡山)

冨士山麓 駒門風穴

富士山麓 風穴氷柱
「東叡山麓 不忍池 弁才天図」

逢ひたい見たいは山々なれど
山海愛たいつ会 はれぼったい

花崗閃緑岩(塩山石) : 花崗閃緑岩(塩山石)

屏風山の東麓,西風を避けて建てられた家々

県立公園に指定されている市房山山麓では林業が主産業

「人間の土地」より 火の山の麓-黒神村: 穴のあいた天井
「高野山麓鏡石の図」

「高野山麓鏡石の図」

「高野山麓鏡石の図」

「山海愛たいつ会」 「はれぼったい」「能登さバ」

笠置山貝吹石

笠置山薬師石
くわぞくのていない雪のたはむれ

斑れい岩(インパラまたはブリシブル) : 斑れい岩(インパラまたはブリシブル)

風穴には叢林が多い(若竹山)

花崗土を入れた運動場

山麓は実弾射撃場

せん断された花こう岩(剪断された花崗岩) / 岩石 火成岩

せん断された花こう岩(剪断された花崗岩) / 岩石 火成岩

上は茅野市尖石考古館に展示されている黒曜石の原石。東方10kmの冷山から搬出された。重量1tといわれる。

大榑川洗堰の築堤を記念する「薩摩堰遺跡」の碑 長良川の水が揖斐川に流れ込むのを防ぐため設けられた洗堰(石堤)は 現在は前方に...

谷地地方(西村山郡河北町)は,紅花生産・流通の一中心地であった。紅花豪商として知られた堀米家の屋敷が,紅花資料館として公開さ...

木曾川にのぞむ八百津町 古くから木曾川舟運の終着地として繁栄した所で 今もその歴史の風格をたたえた静かな町である

史跡公園(史跡出雲玉作跡・宮垣地区) 手前は復元工房 右奥は71CII号工房跡の保存施設 左奥は出雲玉作資料館 ここは他の2...

〔右〕現在の同地点の風景

北上運河(石巻市元明神付近) 全長12km幅25mのこの運河は現在はほとんど使われていないが ほぼ完全な姿で残っており野蒜築...

那須疏水取り入れ口(黒磯市西岩崎)。正面は昭和3年改築の石造取り入れ口。左は昭和51年に完成した新頭首工。

赤い石州瓦の屋根が続く大森の町 “銀山御料”の中心地だった

院内の家並み 羽州街道の要衝として早くから院内の関が置かれ また後方基地としてその盛衰をともにしてきた町である 遠景は銀山と...

観光施設となった鯛生金山 駐車場隣のグランドは元鉱滓堆積場 前方はレストハウス・金山資料館など 坑道入口はその奥

〔左〕倉賀野河岸跡(高崎市) 烏川にかかる共栄橋北詰に記念碑がある 江戸からの元船はここまで遡った

球磨川 球泉洞付近

峰之沢鉱山跡 中腹に見えるサラ地が選鉱場跡 杉林の切れ目は 鉱石や人を運んだインクラインの軌道跡 その下に鉱石船積み設備の一...

妙法寺峠に近い“献上場”付近の風景 早くから石油露頭の見られたこのあたりでは 明治以降も盛んに石油採掘が行われた(西山町妙法...

京都駅前の京都タワーから東側を見る 現在の東海道本線・新幹線は鴨川を渡ってすぐ東山トンネルに入るが 最初の京都・大津間鉄道は...

新潟県上越市の岩の原葡萄園。標高60~170mの斜面に,川上善兵衛が開いたブドウ畑が広がる。完熟したブドウの甘い芳香が漂う。

砥石山の露天堀跡(群馬県南牧村砥沢) 数百年にわたり砥石を掘り取り続けたため山の一角が消えてしまった 近くに水抜坑跡もある

城山から見た宇和島の市街と港 埋立てのため現在の海岸線は幕末のころと大きく変わっている 慶応2年にはイギリス公使パークスらも...

“香嵐渓”の名で知られる巴川の清流 そのほとりで山の暮らしと手仕事の再現が試みられている

今に残る中馬道 飯田を後に南西へ4里 阿智村大沢の庚申坂を過ぎ 伊那街道は寒原峠への登りにかかる 昔の往還のにぎわいを語るの...

浜益村適沢の海岸 中央の赤い屋根が浜益村郷土資料館(旧白鳥番屋) 断崖の続くこの海岸もニシンの好漁場であった

愛知県新城市桜渕の河港(川岸)跡 新城は馬背による陸運と豊川舟運との接点で 信州中馬や三州馬が付けてきた荷は ここから舟で吉...

水車紡の中心地であった岡崎市滝町(旧常磐村滝) 水車を運転するため青木川に設けられた堰堤や水路が今も一部残っている 両岸には...

弁吉の屋敷跡に建てられた顕彰碑 町はずれの一軒家で 使いみちのない才をもて余しながら 弁吉はその後半生をすごした
最終更新日:
登録日: 2021-07-21
