上は茅野市尖石考古館に展示されている黒曜石の原石。東方10kmの冷山から搬出された。重量1tといわれる。

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椎根の倉の石屋根

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〔左〕大宮市片柳の万年寺にある井沢弥惣兵衛為永の頌徳碑 見沼代用水の工事事務所はここに置かれた

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右は浅科村上原の墓 五郎兵衛は寛文5年95歳で死んだ

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左は揖斐川の支流杭瀬川の堤防に建つ「決潰守護神」(明治29年破堤の跡)

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滝裏の「堀貫」の一部。人が這って通れる程度の広さだが,今もよく形を残している。

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鳥上木炭銑工場の日刀保たたらで伝統的技法により製造された■塊 重量約2トン(■は金へんに母)

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おつぼ山神籠石の第一水門。昭和38年に発掘調査が行われた。平地に近い谷の出口に設けられ,中央寄りに通水孔がある。列石の場合と...

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現在は高い堤防で参道と隔てられているが朽ちかけた一の鳥居が水際に建っており(右) 『図誌』に見える船着場の常夜灯(明和6年)...

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明治11年12月の遭難事件の死者を追悼する漂流人記念碑 太地港を見下ろして立っている

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左は南牧村羽沢の五郎兵衛墓 遺髪を収めてある

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〔右〕釜で煮たニシンを圧さくする〆胴 水と油を絞り〆粕を作る(花田家番屋)

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海軍伝習所跡の石標 日本最初の科学技術教育機関でもあった

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百川の山麓を流れる用水 右は用水開削時に「開発役所」の置かれた宝光院

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山の中の農家 東津野村

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〔左〕築港工事に献身的努力を注いで病死した土木局技師黒沢敬徳の紀功碑(明治17年の建立)

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御幸坑 元は五番坑と呼ばれたが明治14年の明治天皇行幸を記念して改名された

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秀吉が寄進した日吉三橋の一つ走井橋は板石の量感と流麗な意匠がみごとである

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五稜郭内にある「武田斐三郎先生顕彰碑」。レリーフの肖像は陸軍大佐時代。

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地下採掘場跡(大谷資料館見学コース) 50年間掘り続けた手掘りの跡が壁面に残る

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大久保長安の墓(逆修塚)かれの死後こわされたが江戸時代後期に再建された 銀山の繁栄再来を願っての供養なのだろうか

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「藍こなし」処理を終えた葉藍は 乾燥後「寝床」に入れられて「寝せ込み」(発酵)を待つ 間もなく■作りが始まる(■はくさかんむ...

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jordbävning, fotografi, photograph@eng

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神野新田東端にある牟呂用水の水門 服部長七の人造石による完全な構造物としては これが現存する唯一のものである

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左は正徳3年(1713)に国東町の泉福寺参道石段を築造した宇佐石工 吉用兵左衛門と半七の刻銘

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最終更新日:

登録日: 2021-07-29