水産の台湾 : 魚介は豊富だが港湾設備が貧弱で開発はまだまだ之から

どちらが夢だ、茶を作る家、ナポレオン、海潮音、子は鎹

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どちらが夢だ、茶を作る家、ナポレオン、海潮音、子は鎹
新たに百港を指定港湾に編入 : 年内に内務省から告示
日本の港湾設備はアメリカに劣らぬ : 港湾会議に列席の田村、田口両技師談

「おだはら」
萩港を開港に : 尾道港は糸崎港に併合

長崎港.湾は南北に長い天然の良港
打ち切られては既成工事が水泡だ : 全国港湾代表連四十名 : 港湾工事で猛陳情
港湾研究の大家が大阪港を知らぬ : マダマダ欧洲に知られぬ大阪 : 横山港湾技術課長帰朝談
俗にくだけて内務省港の番附を作る : 之で港湾修築の宣伝
港湾改良は緊急事
敦賀港拡張の急務 : 欧亜連絡の唯一の港湾は敦賀港の外には求られぬ

4 右には人を呑んだらしい怪物

大満寺山から 3 南に見える入江は西郷湾だ
衝突場所は港内か港外か : 港外なら非は英船に

凍った潮風は美しいボロだ
港湾法制定 : 土木事業の新施設を前提に港湾行政を刷新する
蘭印がカツサバ苗木の輸出を禁止 : 台湾には影響大
大阪港拡張は北港を修正可決 : 港湾調査特別委員会
日本の港湾に就て

〔右〕桜宮橋付近の淀川 全水系にわたる改修工事の積み重ねと毛馬の締切によって 大阪市内の淀川は安定し水害も少なくなった 淀川...

大野港 かつては隣の宮腰(現在の金石)とともに北前船の出入りでにぎわった

太田川デルタ地帯にある広島は、河川舟運による物資の集散が便利で、藩政時代から様々な産業が発達した。

〔石川県塩屋港〕大聖寺川を利用した河口港 少し上流の瀬越港とともに北前船主の根拠地として有名であった

琵琶湖の流出量を調節する瀬田川洗堰(大津市南郷) 手前は明治38年に設けられた旧堰の遺構 遠景は昭和36年完成の新堰

〔右〕裏側から見た福永家住宅 左手前から土蔵・離座敷・主屋・釜屋など 塩を積んだ上荷舟が往来した水路も残る

〔下〕現在の堀川(折尾駅付近)

【遠人志茂橋岩淵水門】 大正末~昭和初の改修工事で新河岸川は岩淵まで延長された。その板橋区・北区の沿岸は工場地帯となり,今も...

〔右〕満濃池 現在の取水塔は昭和51年に建設された

ペリー上陸記念碑 アメリカ大統領フィルモアの国書を手交するためペリーがここに上陸し浦賀奉行と会った 開国への第一歩がこの時始...

朝の燈明崎 岬の先端に山見(見張所)が設けられ 捕鯨はその前面の海で行われた

たらい舟 佐渡沢崎にて

京都府久御山町の宇治川(淀川中流) 対岸は京都市の淀地区で宇治川と桂川を分離するために築かれた“淀堤”が続いている

〔左〕福永家住宅に隣接する塩田跡(約6,500■(m2、平方メートル))も重要文化財に指定されたが こちらはまだ復元修理され...

〔右〕アーチ形の満濃池堤防 右端は弘法大師修法の場と伝えられる護摩壇岩

のどかな水郷風景も洪水と排水に苦しめられた輪中地帯の歴史を秘めている この沼は古い木曽川河道の跡(岐阜県海津町)

松江市浜佐陀町の佐陀川起点 前方が宍道湖 佐陀川は200年前の開削以来 宍道湖増水時の沿岸の水害を防いできた

神奈川県庁前の日本大通り 旧居留地と日本人街の堺に当たる 下水道を含めブラントンに整備された

蔵造り商家が並ぶ一番街(幸町)の町並み。手前の角店はヤマワ陶磁器店(原家,当初の建主は呉服商)。

昭和54年まで活躍した小形捕鯨船勝丸 イルカが芸を行う自然プールに保存中

百余年後の今も揺るぎを見せない石積埠頭。施工に当たった肥後石工たちの確かな技量を思わせる。

海の国道

甲斐本店(酒類販売)の店蔵 黒漆喰仕上げの重厚な造り 豪華な別棟の蔵座敷を有料公開している

左は現在の第2酒匂川橋りょう(御殿場線山北・谷峨間)六郷川から移されたワーレントラスは昭和40年にプレートガーダーに取替えら...
最終更新日:
登録日: 2021-07-21
