
三角板鋲留短甲

三角板鋲留短甲
居留地三拾八番御家敷立瓦積書

L区77号住居跡 : E-032/ /南宮遺跡

D区77号住居跡 : E-032/ /南宮遺跡

役割番附/瓦堂芝居

横矧板鋲留衝角付冑

横矧板鋲留衝角付冑

横矧板鋲留衝角付冑

40号住居跡 : 欠番/ /

86号住居跡 : 欠番/ /

19号住居跡 : 欠番/ /

4号住居跡 : 欠番/ /

93号住居跡 : 欠番/ /

52号住居跡 : 欠番/ /

67号住居跡 : 欠番/ /

63号住居跡 : 欠番/ /

54号住居跡 : 欠番/ /

68号住居跡 : 欠番/ /

14号住居跡 : 欠番/ /

23号住居跡 : 欠番/ /

41号住居跡 : 欠番/ /

94号住居跡 : 欠番/ /

84号住居跡 : 欠番/ /

平潟洞門の碑 安永3年 平潟港に通じる洞門の完成を記念したもの 長久保赤水撰文 赤水は情報を求めて港町を訪れたことだろう

生野の町で見かけた旧鉱山社宅 くずれかけた築地塀に明治期の“官員様”の威風がかすかに残っている

左は揖斐川の支流杭瀬川の堤防に建つ「決潰守護神」(明治29年破堤の跡)

大江山山麓のニッケル鉱山跡。鉱石積込み用のホッパーが今も残っている。かつてはSLの引く鉱石列車が岩滝の製錬所との間を往復して...

【仙波河岸跡】 明治初年の開設。新河岸川から川越市街南端の愛宕神社下まで掘りこんだ船着場の跡が認められる。

旧花田家番屋(国指定重要文化財) 留萌郡小平町鬼鹿字広富の海岸に残るニシン番屋 明治38年ごろの建築で現存最大の規模を持つ ...

浮桟橋と連絡する可動橋の設置跡。埠頭石積みが斜めに切り込まれている。

黒川村塩谷の諏訪神社を中心とする一帯に “くそうず坪”群の跡があり 黒川村指定史跡になっている 近くには諏訪坪跡もある

大阪市旭区毛馬で淀川への流入量を制御する水門(洗堰)と閘門 近年改築されている

10年ほど前まで粉こんにゃくの製造に使われていた水車(大子町町付の大森盛さん方) 大形の下掛け水車で大八車と呼ばれる かつて...

観光施設となった鯛生金山 駐車場隣のグランドは元鉱滓堆積場 前方はレストハウス・金山資料館など 坑道入口はその奥

埋め立てられ 水門だけが残る塩田跡 今も地表に塩分が上がってくる(鳴門市高島)

〔中〕山方町諸沢に今も残る中島藤右衛門の生家 山深い里で農民のための新技術が生まれた

街路の端の側溝には切石の蓋が乗せてある。雨水は蓋石の穴から側溝に入り,排水路へ流れ出る。

愛知県新城市桜渕の河港(川岸)跡 新城は馬背による陸運と豊川舟運との接点で 信州中馬や三州馬が付けてきた荷は ここから舟で吉...

懸樋で川を越える幹線水路 前方の揚水機場からは 右手の高位部耕地へ配水する(紫波町南伝法寺)

かつて鋭角的な偉容を見せていた忠隈炭鉱のボタ山(穂波町)も今は緑に覆われ おだやかな自然の一部と化した 高さ110m

〔右〕中央は日鉱記念館本館 右は保存されている第1竪坑やぐら 左奥の空き地は選鉱場跡

渡部から見た大河津分水 文化年間の間歩堀はこの河道に当たる所を通っていたはずだが 分水開さくで全く消滅した

大津市三保崎の取入口(左)とその奥にある制水閘門 湖水の増減にかかわらず一定量が流れ込むよう調節する 右側(南側)は通船用の...

琵琶湖の流出量を調節する瀬田川洗堰(大津市南郷) 手前は明治38年に設けられた旧堰の遺構 遠景は昭和36年完成の新堰

海運倉庫を修復して開設された三角港築港記念館。右はムルドルハウス(物産館)。手前は三之橋。

民営時代に池田地方の有力刻み製造業者であった内田岸太郎の建物(中央) 民営工場は全国に多数あったが この種の建物で残存する例...

五郎兵衛用水が灌漑する浅科村の水田地帯 手前は上原の集落 遠景は浅間山
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
