
「ハンカチ」(深柄光勇が書いた小説)

深柄光勇・戦中戦後短歌集コピー

写真(海軍軍服姿の深柄光勇)

写真(海軍軍服姿の深柄光勇と妹)

写真(海軍軍服姿の深柄光勇と妹と母)

写真(海軍軍服の深柄光勇と家族4人)

深柄光勇宛深柄五郎葉書(思いがけない便りで嬉しい、体に気をつけてほしい)

「或る日曜の朝」(深柄光勇が書いた随筆)清書

写真(海軍軍服姿の深柄光勇の上半身写真)

深柄光勇ノート(自作・他作の和歌、小説の書き抜きなど)

深柄光勇日記(昭和14年7月25日~昭和14年9月10日)

深柄光勇日記(昭和19年2月25日〜昭和19年9月17日)

深柄光勇日記(昭和18年10月21日〜昭和19年2月24日)

深柄光勇日記(昭和18年8月1日〜昭和18年11月26日)

深柄光勇ノート(自作の和歌、昭和22年4月カ28日〜昭和25年4月2日の日記)

森田洸一宛森田洋子葉書(上田高等女学校入学、すみ子の式)

宅島トミ子宛宅島徳光葉書(同じ学校の友達も多く楽しく過ごしている、景色も良く散歩などしている)
今日の婦人問題 : 母親としての近代女性 : 子を産みたがらない彼女たち : 先覚者達の努力

絵葉書「釈尊伝記」其五(出城)悉達太子世界人類救済の熱誠止み難く深夜窟に釋迦毘羅城を出給う

深柄光勇日記(昭和17年8月31日〜昭和18年12月1日、昭和19年6月3日、昭和19年4月30日〜昭和19年5月3日、昭和26年3月21日)
罷工から飢に泣く妻子の群 : 製鉄所の購買会でも市中でも日用品を一つも売ってくれぬ : 女房達が手を繋いで労友会本部に窮状を訴う
此際彼れ是れ申度ない 斎藤総督の談/世論の帰趨を眺めるのみ 市来蔵相談/雁首のスゲ換が穏当 青木信光子談/やはり政友会擁護内閣か 江木千之氏談/結局は中間内閣? 和田豊治氏談/今は言うべき時でない 加藤内閣の功績 仲小路廉氏談/子の為に遺憾に思う事 若槻礼次郎氏談/後継内閣は問題でない 武藤山治氏談/政友会幹部の凝議 今二十五日午前と午後に/岡野氏呼声と其因由 馬場長官法相の諒解を求む
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

清水政之助・御一同宛清水昇葉書(軍隊生活もあさってで一ヵ年、ビルマの日本人について)

柴田貞夫宛柴田晴子葉書(40日ぶりに東京へ。暫し家に留まり箱根へ)

柴田貞夫宛柴田滋子葉書(千代田(吉禅寺)光学工業出勤でレンズ作る)

柴田貞夫宛柴田忠男葉書(母が帰宅。貞夫海軍姿の写真が似合う)

柴田貞夫宛柴田昌勇葉書(母と妹の疎開に伴い、裏のうちへ移転した。疎開には全く閉口している)

森田洸一宛森田洋子葉書(上田に空襲、大雪、兄弟の学校での様子)

浅沼徳之助宛浅沼朗葉書(浜松第一航測連隊に転居)

森田洸一宛森田洋子葉書(家族の近況、洸一の身上の心配)

柴田貞夫宛柴田昌勇葉書(単独外出の喜び。健三から手紙があり、映画ラジオで内地の様子知る。)

清水政之助・御一同宛清水昇葉書(航空になってから第一信、ビルマに到着)

笹山堅宛笹山基葉書(渋谷焼失、レコードのこと、柔道部の連中も大半入隊)

柴田貞夫宛柴田晴子葉書(切符を手配。11日に行けたら面会へ。60年ぶりの寒さ)

清水政之助宛田中謹吾葉書(家への訪問に対するお礼、清水昇と隊が別れたこと)

浅沼徳之助宛浅沼朗葉書(25日の大正天皇祭で引率外出、秋田市内見学)

柴田貞夫宛柴田晴子葉書(小包を送る。配給の餅ではやっと三日間。三が日に羽根つきをした)

柴田貞夫宛柴田ハル子葉書(ホテルで面会後の旅は、三井寺、千音寺によりつつ無事終了)

柴田貞夫宛柴田忠男葉書(滋子の脚気が快方。近頃荻窪は安全地帯である。学徒の召集があると噂)

浅沼徳之助宛浅沼朗葉書(残留の決定)

柴田貞夫宛柴田晴子葉書(本を取ってくることができないが、勝つまで辛抱しろ)

柴田貞夫宛柴田晴子葉書(雪かきをし、町会から木材を貰う)

柴田貞夫宛佐藤貞之葉書(陸軍騎兵学校入隊。肺浸潤のため即帰。東京は変化し三田の山は静か)

浅沼徳之助宛浅沼朗葉書(二十一日には六里の相当な行軍をやった)

浅沼徳之助宛浅沼朗葉書(秋田到着、帝国生命支社長を訪ねたが不在、奥様の世話になった)

浅沼徳之助宛浅沼朗葉書(兄上より時々便り、元気に満州の冬を送られているよう)
Last Updated: 2021-05-13
Uploaded: 2021-07-22
