(朴仙君のこと困り入申、岡本君その外諸君へよろしく伝言御頼上候、書状)

People
Time
Owner Organization

More Like This

(金子御礼、文進様の機嫌をそこね困まり申候等書状)

(金子御礼、文進様の機嫌をそこね困まり申候等書状)

以口上書御頼申上候(老分衆中諸仕業勤方甚猥りニ付)

以口上書御頼申上候(老分衆中諸仕業勤方甚猥りニ付)

栄光の神戸市、そして兵庫県民諸君へ : 神戸駐在各国領事諸氏から寄せられた言葉

栄光の神戸市、そして兵庫県民諸君へ : 神戸駐在各国領事諸氏から寄せられた言葉

第三番(4両、岡田耕治へ頼送申候間、受取ならるべく書状)

第三番(4両、岡田耕治へ頼送申候間、受取ならるべく書状)

(三竹善民、木原氏同道にて罷出申候、朴仙義慢性の腹膜斤衝にて手当寸効、少々の歩行も出来申候等書状)

(三竹善民、木原氏同道にて罷出申候、朴仙義慢性の腹膜斤衝にて手当寸効、少々の歩行も出来申候等書状)

点料受納不仕諸るい違不存朝六ツよりひき申候いろは湯

点料受納不仕諸るい違不存朝六ツよりひき申候いろは湯

第八番(疥癬急治法ニ付、府内少々穏かに相成秦朴仙へも相談し申帰鯖暫見合候、書状)

第八番(疥癬急治法ニ付、府内少々穏かに相成秦朴仙へも相談し申帰鯖暫見合候、書状)

第四番(麻疹後用心致され候様、おくわ・三馬腸冐熱等にて臥り居り、勝山朴仙も其方へ罷出候由、此度金4両河合迄相送申候書状)

第四番(麻疹後用心致され候様、おくわ・三馬腸冐熱等にて臥り居り、勝山朴仙も其方へ罷出候由、此度金4両河合迄相送申候書状)

江戸大君より御政事被仰出候為御使 / 六郷玄蕃、六郷仲、六御常楽へ政事向につき江戸の主君より 伝言

江戸大君より御政事被仰出候為御使 / 六郷玄蕃、六郷仲、六御常楽へ政事向につき江戸の主君より 伝言

第二番(君上先月18日開門、雨宮周庵も精勤の由、送金6両松本市蔵出府ニ付相頼申候、かき餅・雲丹遣申、4日には河合帰国、奥村直作に取次相頼候、書状)

第二番(君上先月18日開門、雨宮周庵も精勤の由、送金6両松本市蔵出府ニ付相頼申候、かき餅・雲丹遣申、4日には河合帰国、奥村直作に取次相頼候、書状)

第五番(おくわ・三馬腸冐熱に掛り居由、秦朴仙より委細承り候、河合への4両、出府の節受取申べく書状)

第五番(おくわ・三馬腸冐熱に掛り居由、秦朴仙より委細承り候、河合への4両、出府の節受取申べく書状)

第六番(其表朴仙その外越前人3、4人も有之ようす、力強きと察入、其方にも種痘有之事と存候、異説も無之や承り度、書状)

第六番(其表朴仙その外越前人3、4人も有之ようす、力強きと察入、其方にも種痘有之事と存候、異説も無之や承り度、書状)

(江戸で伊丹のおじさまの処へたびたび御ちそうに相なり候、伊丹へもよろしく御礼申上下され候、書状)

(江戸で伊丹のおじさまの処へたびたび御ちそうに相なり候、伊丹へもよろしく御礼申上下され候、書状)

(公辺并惣督ゟ御達之書付 その一 小脇新太郎江先達而御頼込之義御届ニ付事情之義御申上候御書付包紙)

(公辺并惣督ゟ御達之書付 その一 小脇新太郎江先達而御頼込之義御届ニ付事情之義御申上候御書付包紙)

口演一本貸の義は日数十日間を一限りと相定候一またかし落かき等一切御断申上候一御子達様の手あそひ或はたばこすいから鼠くひ等にて大そんじ出来候はゝ別段損料申受候一壱冊にても紛失致し節其壱組御買取可成下被右前もつて御頼上置候以上[イゲタヤ]安井

口演一本貸の義は日数十日間を一限りと相定候一またかし落かき等一切御断申上候一御子達様の手あそひ或はたばこすいから鼠くひ等にて大そんじ出来候はゝ別段損料申受候一壱冊にても紛失致し節其壱組御買取可成下被右前もつて御頼上置候以上[イゲタヤ]安井

(三井氏帰省、我に書中を以竹内へ頼遣、程なく高峰・小池等出府、その頃雨宮周庵・高橋愿策も出立、雛鰈・するめ送り申候、書状)

(三井氏帰省、我に書中を以竹内へ頼遣、程なく高峰・小池等出府、その頃雨宮周庵・高橋愿策も出立、雛鰈・するめ送り申候、書状)

第五番(26日には江戸表へ出られ候由、道中別而平常飲食摂養専一、秦朴仙29日に当所出立、福井橋立多久馬と申人も其表へ出られ候噂、江戸表種々改政(参勤交代緩和)不思議の事に御家にては未何の仰出らるもなく等書状)

第五番(26日には江戸表へ出られ候由、道中別而平常飲食摂養専一、秦朴仙29日に当所出立、福井橋立多久馬と申人も其表へ出られ候噂、江戸表種々改政(参勤交代緩和)不思議の事に御家にては未何の仰出らるもなく等書状)

「当ル酉の秋新狂言 東駅いろは日記 第一番目六幕目 岡崎八橋村の場 須破数右衛門 中村芝翫 水木辰世じつハ猫石の怪 座元羽左衛門」「文久元辛酉年七月大吉日市村座において☆仕候」

「当ル酉の秋新狂言 東駅いろは日記 第一番目六幕目 岡崎八橋村の場 須破数右衛門 中村芝翫 水木辰世じつハ猫石の怪 座元羽左衛門」「文久元辛酉年七月大吉日市村座において☆仕候」

「忠臣蔵七役 坂東三津五郎」 「天川屋義平 寺岡平右衛門 本蔵妻となせ 加古川の下部可内 早野勘平 大星由良之助 高ノ師直」「右七役相勤め申候」「文政五壬午歳五月狂言 中村座ニおゐて古今大当り」

「忠臣蔵七役 坂東三津五郎」 「天川屋義平 寺岡平右衛門 本蔵妻となせ 加古川の下部可内 早野勘平 大星由良之助 高ノ師直」「右七役相勤め申候」「文政五壬午歳五月狂言 中村座ニおゐて古今大当り」

「忠臣蔵七役 坂東三津五郎」 「天川屋義平 寺岡平右衛門 本蔵妻となせ 加古川の下部可内 早野勘平 大星由良之助 高ノ師直」「右七役相勤め申候」「文政五壬午歳五月狂言 中村座ニおゐて古今大当り」

「忠臣蔵七役 坂東三津五郎」 「天川屋義平 寺岡平右衛門 本蔵妻となせ 加古川の下部可内 早野勘平 大星由良之助 高ノ師直」「右七役相勤め申候」「文政五壬午歳五月狂言 中村座ニおゐて古今大当り」

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

Last Updated: 2025-03-05T01:00:46

Uploaded: 2025-03-06