第五番(水戸浪人発起、大平山と申処に1000人斗集会等風聞、病院助勤に相成、衣類損備ニ付単物・木綿送り下されたく書状)
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外人滞税欠損処分には国庫の補償を

相州に於て金子を欺取せる不良浪人もの処分
人絹ラッシュから…… ステープル・ラッシュへ : 立派に米綿の代用も勤まる : 印綿不買が縁で 人造繊維時代
土人の買うものは先ず第一に衣服 : 輸入の大宗は綿織物

貴国海軍病院地隣地御使用の処右は荢国人借受地に付同人より異議申立に付善処方打合せ

覚(若殿様未疱瘡不被遊につき疱瘡人看病人御城廻り出勤之儀遠慮日数)
遂に『会社』も起訴 : 福助足袋禁綿事件大阪で最初の法人処分
睡眠、病人に害のある高音は来年から処罰 : 高音取締規制制定
警備の軍人数名を単に行政処分 : 満洲某重大事件―政府の態度確定す
泣面に蜂播州機業家の損失 : 買付綿糸の処分に困る一方既約品までも小便して来る 棒に振う百五十万円
生糸清算取引で米人の不法損失 : 例の十二月限買占めに関連し日本側の処置を攻撃

「京四条北側大芝居において相勤申候」「七化ノ内 西王母 さしうり 浪人 でつち 市川鯉三郎」
斗六問題東洋精糖会社員株券及重役印濫用損害賠償私訴事件 (三~四) : [会社の使用人が恣に発行せる株券の効力 其二]
斗六問題東洋精糖会社員株券及重役印濫用損害賠償私訴事件 (一~二) : [会社の使用人が恣に発行せる株券の効力 其二]

第三番(此節伊東・竹内様も塾生斗は8・9人、大槻先生病気大いに衰弱、10月上旬より犬の流行病はやり、種痘館は和泉橋通り藤堂和泉守様上屋敷より一丁北、種痘小児30人斗もあり、改名し西洋医学所、和宮風聞等書状)

(明6日杉田定一三国神品病院へ参り旁芦原行、9日福井、10日武生集会方出勤、村方に愚悪人沢山御座候ニ付書簡)
失業者救済の名で半日勤務制を採用 : 某織物工場が臨時人夫として工場法に牴触するとの見解から県工場課で処置を考究

(役場通知など 稲苗代検査、勤倹強調実行細目、戦病死者招魂祭執行、尚武会会費納入依頼、稗刈取検査執行、清王尋常小学校児童・青年団・処女会連合体育大会開催、大正15年度予算教員1名増員に関する意見)

慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んするを得す其目的は我日本国中に於ける気品の泉源智徳の模範たらんことを期し之を実際にしては居家処世立国の本旨を明にして之を口に言ふのみにあらす躬行実践以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり 以上は曾て人に語りし所の一節なり 福澤諭吉書

慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、之を実際にしては居家、処世、立国の本旨を明にして、之を口に言うのみにあらず、躬行(きゅうこう)実践、以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり。 以上は曾て人に語りし所の一節なり 福沢諭吉書 ※明治29年11月1日開催の慶應義塾旧友会における演説の一節。その演説は同年11月3日の時事新報紙上に社説として掲載された。慶應義塾では、この文章を「慶應義塾之目的」と称している。
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る
Last Updated: 2025-03-05T01:00:46
Uploaded: 2025-03-06
