第三番(麻疹後、疥癬を大発し長く臥床、当節ようやく全快出府、塾も只今はじすいに相成、月謝も2分位にて相済等書状)

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第四番(9月1日御前へ罷出候、麻疹後疥癬に転移難渋、只今にては是も全快、書状)

第四番(9月1日御前へ罷出候、麻疹後疥癬に転移難渋、只今にては是も全快、書状)

第八番(疥癬急治法ニ付、府内少々穏かに相成秦朴仙へも相談し申帰鯖暫見合候、書状)

第八番(疥癬急治法ニ付、府内少々穏かに相成秦朴仙へも相談し申帰鯖暫見合候、書状)

第三番(同塾少き由、疥は伝わらず様用心ならるべく、墨流紙5枚相送り申候、書状)

第三番(同塾少き由、疥は伝わらず様用心ならるべく、墨流紙5枚相送り申候、書状)

佐倉ゟ第一番(当地にて麻疹罹患、塾生も45人、6人中40人斗かかり候、追々快復ニ付書状)

佐倉ゟ第一番(当地にて麻疹罹患、塾生も45人、6人中40人斗かかり候、追々快復ニ付書状)

第八番(七新薬説・疥癬急治法欣閲、江戸表コレラ流行済大慶、江戸表騒々敷相成候節は一旦帰郷しかるべく、祖母容体等書状)

第八番(七新薬説・疥癬急治法欣閲、江戸表コレラ流行済大慶、江戸表騒々敷相成候節は一旦帰郷しかるべく、祖母容体等書状)

(新説はないが七新薬説、疥癬治療法送り申候、塾中等級減にて3級に取登り、盆祝儀入用にて金子不足、江戸へ罷出、曽我・松本市蔵・雨宮に世話に相成り候、書状)

(新説はないが七新薬説、疥癬治療法送り申候、塾中等級減にて3級に取登り、盆祝儀入用にて金子不足、江戸へ罷出、曽我・松本市蔵・雨宮に世話に相成り候、書状)

第八番(麻疹流行、おくわ・三馬・重之助も伝染、佐倉には福井ゟも入塾の人有之由、勝山秦朴三郎(朴仙)も当秋遊学の由、書状)

第八番(麻疹流行、おくわ・三馬・重之助も伝染、佐倉には福井ゟも入塾の人有之由、勝山秦朴三郎(朴仙)も当秋遊学の由、書状)

第四番(麻疹後用心致され候様、おくわ・三馬腸冐熱等にて臥り居り、勝山朴仙も其方へ罷出候由、此度金4両河合迄相送申候書状)

第四番(麻疹後用心致され候様、おくわ・三馬腸冐熱等にて臥り居り、勝山朴仙も其方へ罷出候由、此度金4両河合迄相送申候書状)

第六番(江戸横浜の蘭書不残公辺へ買上に相成候故求度とも蘭船到着致候迄は求めかね候、公辺変革医者不残毛髪は撫附になるべく旨、塾生も坊主総髪から撫附、手細にパッチのみ等書状)

第六番(江戸横浜の蘭書不残公辺へ買上に相成候故求度とも蘭船到着致候迄は求めかね候、公辺変革医者不残毛髪は撫附になるべく旨、塾生も坊主総髪から撫附、手細にパッチのみ等書状)

第二番(出立後久不得便宜、旅中如何、陣羽織は古手にても相応の品に候へハ宜く候、其許可然塾なきニ付又候佐倉へ御出なられたき由、当表暴風大水景況等書状)

第二番(出立後久不得便宜、旅中如何、陣羽織は古手にても相応の品に候へハ宜く候、其許可然塾なきニ付又候佐倉へ御出なられたき由、当表暴風大水景況等書状)

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

Last Updated: 2025-03-05T01:00:46

Uploaded: 2025-03-06