(口上書)(三戸川守田村の彦之丞に手傷を負わせた経緯)

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神戸川崎造船所の罷業職工団 抜刀せる警官隊と大衝突 : 双方の負傷者数十名に上る

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桑名市街渠道路経緯測量図(明治8年7月5日 一小区戸長指出ス)/第九桑名川口波戸場測量図

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本渓湖に暴動起る : 煤鉄公司の支那職工六千 : 電流を断ち暗黒に乗じて暴行 : わが守備隊長等重軽傷を負う

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命を守るために安全な職場造りを / 昔なら経営者は切腹 / 労働者は手を取り合わねば

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親日の保安総隊長●州駅頭で狙撃さる : わが補助憲兵も重傷を負う : 天津軍事態を重視 : 又北支に藍衣社の魔手

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大阪を向うに廻わしてこの際飽くまでも大神戸を守護せよ : 商業会議所が急先鋒になって神戸港完備と神鉄局移転防止 : 岡崎副会頭かたる

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暴行学生団に包囲せられて九死の裏に救わる : 章宗祥氏と中江法学士両氏ともに負傷し辛くも軍隊に救助さる : 曹邸は殆ど破壊灰燼 : 北京特電四日発

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(「元暦元年十二月平将左馬頭行盛以下備前の国児島の城に立籠る 寄手三河守範頼の先徒佐々木三郎盛綱浦人の教にまかせて騎馬にて藤戸の海を乗わたす図」)

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「元暦元年十二月平将左馬頭行盛以下備前の国児島の城に立籠る 寄手三河守範頼の先徒佐々木三郎盛綱浦人の教にまかせて騎馬にて藤戸の海を乗わたす図」

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呉軍港三十年の回顧 : 敬服すべき当初の大計画行われたりせば今日此悔なきを得ん 併し当年の一漁村は人口十四万の都市を建設せり : 呉鎮守府長官 加藤大将談

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教授不足で頭痛鉢巻の経済学部 : 昨年四教授を失い今年は森戸大内の両氏で欠員の講座六 : 新に若手三名を任命せん

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(「元暦元年十二月平将左馬頭行盛以下備前の国児島の城に立籠る 寄手三河守範頼の先徒佐々木三郎盛綱浦人の教にまかせて騎馬にて藤戸の海を乗わたす図」)「千葉介常胤」「土肥弥太郎遠平」

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「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

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「老女岩藤実名沢の井 金千六百円 ☆や 河原崎国太郎」「中老尾上実名近江 金千五百円 ☆ 岩井紫若」「たつきのお百 金二千二百円 おとわや 尾上多賀之丞」「尾上の召仕お初 金千五百円 やまとや 坂東志う調」「大岡越前守 金二千七百円 すへひろや 中村宗十郎」「天一坊法沢 金千六百円 まつしまや 市川小団次」「桑名屋徳蔵 金千九百円 立花や 坂東家橘」「木内宗五郎 金二千七百円 まつしまや 市川右団次」「大久保彦左衛門 金二千円 まひつるや 中村仲蔵」

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「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

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Uploaded: 2021-09-21