
煉瓦の建物

煉瓦の建物

赤煉瓦へと

煉瓦に見た”多摩の近代化”―鉄道建設と煉瓦工場―
煉瓦需要の趨勢 : 赤煉瓦は耐火装飾煉瓦に圧倒せらる

煉瓦建造物
無題(煉瓦建倉庫貸渡約定)

天道煉瓦工場
有望なる赤煉瓦の将来
赤坂仮皇居・青山御所外構煉瓦積筋塀煉瓦工事見積書

黒煉瓦の家

煉瓦造の蔵

赤尾商店(おみやげ)/赤尾ホテル

〔中〕左から東京駅舎に使用の変形煉瓦 「上敷免製」の刻印のある初期煉瓦 桜印のある小菅ホフマン窯製の煉瓦

桜に瓢箪と煉瓦

耐火煉瓦工場.備前町
煉瓦依然不振 : [煉瓦業の不振 其四]
煉瓦業者窮迫 : [煉瓦業の不振 其一]
煉瓦業愈困窮 : [煉瓦業の不振 其二]
化粧煉瓦のオーソリチー
煉瓦界の革命
煉瓦界の福音

倉敷川畔の町並み

製鉄所内で採取された建築用煉瓦と耐火煉瓦。刻印から製造者(品川白煉瓦・日本煉瓦製造・工部省赤羽製作寮)が分かる。下仁田町ふる...

金香瀬坑 明治初年にコワニーの指導で築かれたフランス様式の坑口 内部は見学コース

煉瓦で堅固に築かれたホフマン窯は大陸の城郭のような風格がある 窯上に至る斜面は燃料の粉炭の運搬路

現地に保存されている旧毛馬洗堰の一部(左)と旧毛馬閘門 淀川を新淀川(放水路)から分離して洪水を遮断するとともに舟運を確保す...

左は若菜徳家(三津谷)の家財蔵 3階建ての煉瓦造り これだけで42,500本の煉瓦を使ったという

中城城本丸裏門 2枚の部材で精密に構成された3新円のリブアーチが美しい

右は同家の作業蔵 明治40年に建て昭和7年に改造した 農機具置場や車庫として今も毎日使っている 煉瓦蔵に多いアーチの材料は ...

中は熱田湊常夜燈(名古屋市熱田区神戸町) 七里の渡の安全のため寛永2年に創建された

現在の穴口堰頭首工(上流側より望む) 剣長根の岩脈は川岸で削り取られて慶長以来の旧穴口堰は消滅 代わって鉄筋コンクリートの近...

左は現在の第2酒匂川橋りょう(御殿場線山北・谷峨間)六郷川から移されたワーレントラスは昭和40年にプレートガーダーに取替えら...

〔左〕高萩市赤浜の長久保赤水旧居(前新屋・長久保甫氏宅)と旧浜街道

津山に3か所あった舟着場の一つ 明石屋淵(安岡町裏)の常夜灯 金毘羅大権現と文化十五寅年の文字が彫られている

五六閘門(岐阜県穂積町)。長良川支流の五六川に架かる。長良川増水の際,逆流を防いで輪中地帯を守るため,江戸時代中期に設けられ...

メインデッキ右舷にある明治天皇御座所(3室の内の公室) 壁の板絵は米軍接収の際にペンキで塗られたが 後に丹念に落として復元さ...

五稜郭大手側の石垣。江戸後期の特徴を見せる間知積みで上端に「はね出し」が設けられている。

法灯千年の歴史と門跡寺院の格式を誇る滋賀院 城郭と見まがうほどの石垣は野面積み特有の力強い美しさをよく示している

天女橋(那覇市首里) 円鑑池内の弁財天堂にかかる名橋で1502年ごろの架橋 4本6列の石材からなるリブアーチ

今は操業をやめている三津谷の樋口煉瓦工場 この登窯で喜多方地方の建築用煉瓦や瓦の需要を一手に引き受けていた

旧八百津発電所(本館) 明治44年に建設され 昭和49年まで63年間 発電を続けた

大久保長安の墓(逆修塚)かれの死後こわされたが江戸時代後期に再建された 銀山の繁栄再来を願っての供養なのだろうか

岡山へ向かう高瀬舟を通した倉安川旧水門

海軍伝習所跡の石標 日本最初の科学技術教育機関でもあった

左は揖斐川の支流杭瀬川の堤防に建つ「決潰守護神」(明治29年破堤の跡)

絵ハガキ(東北帝国大学臨海実験所附属水族館絵葉書)

煉瓦は均一に整形された材料ではあるが,その組積みの工夫によって意外に変化のある意匠を生み出す。特に,窓など開口部の表情がおも...
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
