
架け替え前の寺橋

架け替え前の寺橋

越ケ谷・宮前橋架け替え工事

越ケ谷・宮前橋架け替え工事

越ケ谷・宮前橋架け替え工事

越ケ谷・宮前橋架け替え工事
渓谷に架す鳩の巣雲仙橋の絶景
不燃質に架換えの八十二橋
空から見えぬ鴨緑江鉄橋いよいよ架替えに決定

(隅田川に架かる橋)

美山湖に架かる橋

美山湖に架かる橋

末田堰に架かる橋

(宇和田の中川に架かる橋)

沼島の絶壁
プレファブ鋼床版を用いた橋梁床版架け替え工法に関する研究

猿に餌を与える女性

乍恐奉願上覚(西矢野村橋架け替え負担について)

猿に餌を与える観光客

絶壁から落ちる滝

市の中心部にかかる幸橋.1702年に架橋した

「雪の猿橋(さるはし)」

「雪の猿橋(さるはし)」

「雪の猿橋(さるはし)」

広瀬町西比田の金屋子神社 金屋子神降臨譚で知られ 製鉄関係者の信仰が厚い

五郎兵衛用水の堀貫跡(取水口付近) 最も工事が困難だった鹿曲川右岸の断崖崩壊が激しく旧状をとどめない所が多い

中は新切間歩 初め水抜き坑として掘られたが大鉱脈に当たって盛山となった

伊豆天城山のふところ深く 苔むして横たわる登窯の遺構(斜め左側から見たA窯)

薩摩藩の御手伝普請により宝暦5年完成した千本松締切堤 完工当時植えられた松が 揖斐川の流れに濃い影を落としている

黒川村塩谷の諏訪神社を中心とする一帯に “くそうず坪”群の跡があり 黒川村指定史跡になっている 近くには諏訪坪跡もある

新緑と残雪と 黒部峡谷鉄道鐘釣にて

新津市古田南にある「八珍柿」の原木。推定樹齢260年。

寛永年間に開かれた早房坑 古い間歩の面影を残す 最初に発見された不動坑と地下でつながっていた 安政年間に採掘をやめたが明治に...

中は取水口から沼上隧道まで続いている旧水路(約3.9km)

新津丘陵に点在する油井群(新津市小口)。ポンピングパワー(山上の小屋の中)から伸びるワイヤーで,複数の採油ポンプが駆動される...

大歩危

水車紡の中心地であった岡崎市滝町(旧常磐村滝) 水車を運転するため青木川に設けられた堰堤や水路が今も一部残っている 両岸には...

〔左〕西縁一の関跡 関の基礎杭と底板らしいものが見える

〔中〕山方町諸沢に今も残る中島藤右衛門の生家 山深い里で農民のための新技術が生まれた

八十八番目の札所 大窪寺

龍源寺間歩 御直山のうちでも永久・大久保・新切・新横相とともに“五■山”(■は平仮名のちいさいか)と呼ばれた有能な山 奥は分...

坊津の双剣石

閉山した■原鉱山 吉井川高瀬舟の最後の荷はここの鉱石であった(■は木へんに册)

弁吉の屋敷跡に建てられた顕彰碑 町はずれの一軒家で 使いみちのない才をもて余しながら 弁吉はその後半生をすごした

不動川相谷に残る小形石堰堤 高さ約2.5m 補修のため積み直されたが石の位置は忠実に復元された 明治前期砂防堰堤の典型的構造...

〔左〕六工社の水車場跡 近くの神田川の水を引いて糸枠回転の動力とした

牧ノ原台地を刻む沢の水源の近くで 明らかな油徴を見た このあたり明治5年の「相良油田発見」の地である 相良町柄沢で

石屋根 対馬椎根
最終更新日:
登録日: 2021-07-21
