常陸丸捜索顛末 : 昨日郵船会社本社に於て捜索船筑前丸副監督山脇武夫氏説明 : 印度洋捜索経過の発表 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (一〇)
常陸丸の消息を知り得べき材料獲得 : 筑前丸の捜索報告 : 愈敵に拏捕の疑いあり : 常陸丸の行方不明と保険問題 (七)
常陸丸保険問題 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (一二)
常陸丸と補償問題 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (一)
常陸丸保険問題 : 保険会社の態度 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (一一)
英仏喪失船新法 : 喪失船全部戦禍 : 常陸丸処分問題 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (四)
郵船下級船員不穏 : 宮崎丸船員待遇問題より伊予丸常陸丸船員の不平
戦時保険新例 : 常陸丸解決難 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (三)
常陸丸の保険 : 認定か裁判か : 常陸丸の行方不明と保険問題 (八)
常陸丸保険金 : 主務省の態度 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (九)
撃沈船補償法 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (二)
瑞穂丸沈没確実か : 伊豆沖で同船のタラップ拾得して捜索船第三桟橋丸一ト先ず帰港す : 東都丸と衝突は尚不明
戦時喪失船の保険 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (六)
常陸丸保険決着 : 船体積荷八百万円 : 戦時保険請求手続 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (一四)

東京府公報(行方不明船捜索について)/上野彰義隊の慰霊祭
常陸丸保険金不払 : 形式上事実不認容 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (一六)

御浦触(美濃国戌年貢江戸御廻米中の船行方不明ニ付捜索願)
悲壮なりし常陸丸の最期 : ウォルフ号と砲火を交え船長は自殺し死傷多し : 常陸丸の行方不明と保険問題 (一五)
常陸丸に就て種々な取沙汰 : 撃沈された―と諏訪丸船員の談 : 拏捕された―と南洋帰客の談話 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (五)

脇差 銘 備前国住長船祐光 文明五年二月 日 附陸軍サーベル拵
常陸丸撃沈の報 : 大西洋、印度洋、太平洋を荒して帰国した怪独船の為に被害船頗る多し : 二十五日倫敦特派員発 : 常陸丸の行方不明と保険問題 (一三)
八阪丸遭難実記 : 船長山脇氏当時の事情を具して近藤社長に委細報告す
行方不明になった汽船を飛行機が捜索して援けた : 館山湾で演習中の飛行母艦若宮丸の大活動 : 文明の利器は斯くの如く有効に利用された
二百二十日が近づいて郵船に一颱風? : 再び明みに暴け出される海陸社員の軋轢

「尼崎町ノ一部 其ノ一」 撮影場所:築地町より中在家町を望む キャプション:尼崎町は戸數六千人口三万を有し南方は大坂灣に臨み土地平坦にして市街長方形をなす其地理は極めて海陸の運輸交通に適するを以て各種の會社爭ふて起業地とし爲に煙突は年年其數を加へ人口亦著るしく増殖して今や全く昔日の面影を改めんとす以下撮影するものは其の概況なり。 ふるさと「尼崎」のあゆみキャプション:北東から築地を望む(大正初期)左、大黒橋、左下少し見えるのは丸万橋。この辺りには木材屋、竹屋、船大工作業場などがあり、木材や竹の筏が多く見られた。 / 御大典紀念献上 尼崎市写真帖
Last Updated: 2025-07-22T01:00:29
Uploaded: 2025-07-23