宮城県の養蚕 : 改良の余地あり
蚕糸主任官会議 : 施行規則の改正や桑園の改良その他
産米改良奨励と効果 : 各道を通じて良結果を来しつつあり : 三井総督府技師談
予定の筋書で安田事件大団円 : 結城氏総会席上で謝罪 : 近く規約を改正する
貿易は漸次良好 : 昨年に比し改善のあと歴然 : 今年の入超は結局三億台か
改良と宣伝に狂奔 : 米に打込む一生 : 『菱ク』も今や声価あがる : 高橋茂兵衛氏
千余部もあって当にならぬ旅行案内を改良 : ツーリスト・ビユーローで展覧会 : 此夏は各学校や外人の旅行が多い
生糸市場 : 押目買い方針を一貫する外ない/波瀾多き思惑戦形勢買方に有利/生糸の前途楽観飽くまで押目買/悲観のどん底から除々立直りへ/海外状勢不良で結局弱気の成功/蚕糸業の甦生は統制確立にあり
「踊形容外題尽 伊達競阿国戯場 第二番目 糸時雨越路一諷 大切 ☆山大工殺しの場 女房おそよ あめや次郎三 大工逆目の喜蔵」「安政四丁巳年十月大吉日」

「踊形容外題尽」 「伊達競阿国戯場 第二番目 糸時雨越路一諷 大切 円山大工殺しの場」「女房おそよ」「あめや次郎三」「大工逆目の喜蔵」「安政四巳年十月大吉日」
阪急市内乗入れは支障ありと決定 : 市内鉄道改良や下水関係などが決らぬ先は許せぬ : 市会委員会の決議 : [阪神急行電車の神戸市乗入れ問題 (十五)]
税法の改正を迫らん : 東税務署の税額査定問題から綿糸商綿布商等結束して起つ : 課税標準の総額はザット三億円にのぼり昨年にくらべると約七倍強の増加である
「総州猿嶋大内裏之図」 「葛原親王五代の孫良兼子平将門伯父常陸掾国香を亡して後に関八州を領す 新司藤原公雅前司全行が諫を憤り武蔵五郎に命じて彼を打しむ 下総国相馬郡磯橋を限り王城を構へ自ら平新王と号す」「たきやしゃひめ」「相模守平将文」「下総守平時為」「伊豆守平将武」「武蔵権守興世王」「文屋安房守好立」「多治良利」「丈部子春丸」「下野守平将頼」

「豊臣昇進録」 「秀吉自裘主為都紫の大徳寺に大会を設るの日 勝家一益等信孝を勧て一の焼香たらんとせし時 秀吉銘々か惰を責 幼主三法師を第一の席に昇たり」 「佐久間玄蕃盛政」「中川世平清秀」「蜂谷兵庫頭」「花房近江守」「筒井須慶」「直江山城守」「谷川市之丞」「中島主馬」「福原越後守」「森勝蔵文一」「塩川伯耆守」「堀久太郎秀政」「平野権平長康」「形切祐作且元」「活田勝三郎信輝」「左枝又左衛門年家」「槽谷助右衛門」「石川兵助忠朝」「加藤孫六義明」「福島市松正則」「秋坂甚内安治」

「尼崎町ノ一部 其ノ一」 撮影場所:築地町より中在家町を望む キャプション:尼崎町は戸數六千人口三万を有し南方は大坂灣に臨み土地平坦にして市街長方形をなす其地理は極めて海陸の運輸交通に適するを以て各種の會社爭ふて起業地とし爲に煙突は年年其數を加へ人口亦著るしく増殖して今や全く昔日の面影を改めんとす以下撮影するものは其の概況なり。 ふるさと「尼崎」のあゆみキャプション:北東から築地を望む(大正初期)左、大黒橋、左下少し見えるのは丸万橋。この辺りには木材屋、竹屋、船大工作業場などがあり、木材や竹の筏が多く見られた。 / 御大典紀念献上 尼崎市写真帖
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る
Last Updated: 2021-03-27
Uploaded: 2022-03-17
