
左は旧蹴上発電所(明治45年に完成した第2期発電所の建物)

鉱夫の入浴場として使われていた通称“石風呂” 昭和10年ごろの建築 奥に見えるのは休養・娯楽施設の鉱友倶楽部 このあたり社宅...

防火のため 板壁の上に土を塗った蒸籠倉も多かった 屋根の下にも厚く土を置いた 使わなくなった倉は荒れてゆく 川上村御所平で

和泉継場問屋酒井家(千葉市和泉町) 東金街道を江戸に向けて陸送される干鰯の中継所の一つであった

左は揖斐川の支流杭瀬川の堤防に建つ「決潰守護神」(明治29年破堤の跡)

三井港倶楽部。清水組(現清水建設)の設計施工により明治41年に竣工。三池港開港とともに高級船員の宿泊や来客の接待に使われた。...

「赤門」と呼ばれる永島家の長屋門。江戸時代から浜代官や名主を勤めてきた旧家の格式を示す。

土壁の納屋 国東半島文殊寺近くの農家

五六閘門(岐阜県穂積町)。長良川支流の五六川に架かる。長良川増水の際,逆流を防いで輪中地帯を守るため,江戸時代中期に設けられ...

カトリック宇都宮松ヶ峰教会(昭和7年) 大谷石による代表的建築物としても著名

右は同家の作業蔵 明治40年に建て昭和7年に改造した 農機具置場や車庫として今も毎日使っている 煉瓦蔵に多いアーチの材料は ...

同志社礼拝堂

杉山集落に立ち並ぶ蔵の一部 10年ほど前までは屋根がカヤぶきだった 純農村の蔵らしい武骨な造りが独特の迫力を見せる

左は若菜徳家(三津谷)の家財蔵 3階建ての煉瓦造り これだけで42,500本の煉瓦を使ったという

善光寺経蔵

旧舂米学校(山梨県増穂町) 明治9年竣工 同20年両袖に校舎を増築 素朴だが力強いまとまりで塔頂にはシャチが見える 増穂町立...

仲町の角片山家 元は弁柄屋支配人の家 今は郷土館になっている 石州大工を呼んで明治12年に建てた 妻壁は修理前は弁柄壁だった

絵ハガキ(東北帝国大学臨海実験所附属水族館絵葉書)

山居倉庫西側の欅並木 樹齢100年に達する 倉庫を夏の直射日光と冬の西風から守るために植えられた 現在は庄内米歴史資料館へ抜...

旧中込学校(長野県佐久市) 明治8年完成当時は成知学校と呼ばれた 設計者は地元の大工市川代治郎 建物が重要文化財だが敷地全体...

復元修理された福永家住宅(鳴門市高島) 左からかん水溜・釜屋・主屋が並ぶ 江戸時代後期の建築で入浜式製塩設備の遺構として唯一...

(左)西神崎の湊十二社手洗所。近くの煉瓦工場の創設者が明治36年に奉納したもの。井戸を囲む三面が透しを付けた煉瓦壁になってい...

全盛期の藍師の羽振りをしのばせる大規模な寝床(石井町の武智家) 徳島県指定文化財

旧大湊第一水源地堰堤 高さ約7.9m 長さ26.5mのアーチ式石造ダム 取水調節ハンドルのあった木造上屋も建設当時のもの
最終更新日:
登録日: 2021-07-29

















