草野長門守知行坪付

長崎奉行戸川播磨守蔵書記

松平石見守勘定奉行に、長井五右エ門先手頭に、糟屋大和守神奈川奉行に任命通知

木村長門守

木村長門守

木村長門守

木村長門守

朝比奈甲斐守勘定奉行兼外国奉行に、小出大和守外関奉行兼箱館奉行任命通知

岡部駿河守長崎奉行より外国奉行へ転任通知

大目付岡部駿河守外国奉行兼任を免、一色山城守外国奉行より勘定奉行に転任通知

大関肥後守、石川若狭守参政職を免、肥後守は海軍奉行在任、若狭守は陸軍奉行新任通知

諸役年表十 玉薬奉行・御武具奉行・番改・御祈祷奉行・御代官・用水奉行
町奉行官宅

朝比奈肥後守長崎奉行任命通知

木村長門守伝
守札 奉 吉備大明神守護

竹内下野守勘定奉行より外国奉行を兼帯の通知
鎮守四宮大神奉納角力興行願

土岐大隅守神奈川奉行免通知

小出大和守勘定奉行任命通知

忠勇木村長門守

木村長門守廼伝

藤林長門守墓所

長門守木村重成

崋山幽囚の家 永常は罪を得た崋山が田原へ護送されるのと入替りにこの家から立ちのいた 左手奥の小屋で崋山は自刃した

牛宿を営んだ根羽村高橋の片桐家 中馬の輸送手段には牛も使われた 明治15年に根羽村に14軒の牛馬宿があった

〔左〕須坂市農協食品センター内にある「東行社跡」の記念標(左端) 右手には使われなくなった繭倉も見える

赤い石州瓦の屋根が続く大森の町 “銀山御料”の中心地だった

高野長英の居住地跡(現・新町2丁目) 長英の宇和島在住期間は1年足らずだが藩の軍備洋式化事業などに残した影響は大きい

懸樋で川を越える幹線水路 前方の揚水機場からは 右手の高位部耕地へ配水する(紫波町南伝法寺)

民営時代に池田地方の有力刻み製造業者であった内田岸太郎の建物(中央) 民営工場は全国に多数あったが この種の建物で残存する例...

浮桟橋と連絡する可動橋の設置跡。埠頭石積みが斜めに切り込まれている。

開拓の村入口の旧札幌停車場 昭和26年まで札幌市民に親しまれた米国風スティックスタイル様式 明治41年の建築を80%に縮小し...

琵琶湖の流出量を調節する瀬田川洗堰(大津市南郷) 手前は明治38年に設けられた旧堰の遺構 遠景は昭和36年完成の新堰

甲斐本店(酒類販売)の店蔵 黒漆喰仕上げの重厚な造り 豪華な別棟の蔵座敷を有料公開している

旧花田家番屋(国指定重要文化財) 留萌郡小平町鬼鹿字広富の海岸に残るニシン番屋 明治38年ごろの建築で現存最大の規模を持つ ...

今に残る中馬道 飯田を後に南西へ4里 阿智村大沢の庚申坂を過ぎ 伊那街道は寒原峠への登りにかかる 昔の往還のにぎわいを語るの...

城郭のような構えの西江家(坂本) 宝暦年間から本山鉱山で磁硫鉄鉱を採掘し ローハ(弁柄の原料)の製造を行ってきた 中野の広兼...

杉山集落に立ち並ぶ蔵の一部 10年ほど前までは屋根がカヤぶきだった 純農村の蔵らしい武骨な造りが独特の迫力を見せる

愛知県設楽町萩平の元問屋平松家 付通しの中馬は宿を通過したが 地元の荷を集めたり中継したりする問屋が各地にあった

大蔵省醸造研究所 明治35年 滝野川反射炉跡地に設けられた 当時の煉瓦建造物も現存している

〔左〕北上運河と旧北上川の分岐点(石巻市)に設けられた水位調節用の石井閘門(時の土木局長石井省一郎の名をとった) 日本最初の...

〔右〕現在の同地点の風景

中部電力小里川第一発電所(岐阜県瑞浪市) 大正11年 多治見電燈所により建設され ペルトン社製水車とGE社製発電機で発電を開...

龍源寺間歩 御直山のうちでも永久・大久保・新切・新横相とともに“五■山”(■は平仮名のちいさいか)と呼ばれた有能な山 奥は分...

〔右〕水田へ配水するため土盛りをして水を通したつきぜき(築堰) 現在はその上にコンクリートの溝渠を通して同じ目的に使っている...

「三州足助屋敷」の母屋 足助地方の伝統的農家を再現 中庭には牛が寝そべり鶏の鳴き声も聞こえる

蔵造りのファッション店“レディス島屋” 昔は呉服屋だったが12年前に改造 新旧の取合せがこの街では違和感を感じさせない
最終更新日:
登録日: 2021-07-29
