(京都将軍家所領役考)応仁武鑑 初編第一~二

鎌倉武鑑

鎌倉武鑑

応仁武鑑

応仁武鑑

応仁武鑑

鎌倉管領九代記
「鎌倉武鑑頼朝卿御系図」

(増補再板)鎌倉武鑑(書写)

「鎌倉武者」 「戯場役者」「競錦絵」
「武勇名鑑 初編 應仁始ヨリ元和年至」
「武勇名鑑 二編 應仁始ヨリ元和年至」
「武勇名鑑 應仁始ヨリ元和年至 二編」
「武勇名鑑 初編 應仁始ヨリ元和年至」
「武勇名鑑 應仁始ヨリ元和年至 初編」
「武勇名鑑 二編 應仁始ヨリ元和年至」

「京都室町御所 相州鎌倉御所 足利武鑑」 「申二百九十番」
露領漁区に対して国家管理説も出づ : 紛争に鑑み農林省も根本的方策を考究
「永禄二年三月管領上杉輝虎入道謙信万騎したかへ小田原北条氏康を●る其時武州忍ノ城城主にして憲政の幕下也鎌倉八幡宮にて謙信に恥ぢよくをあたへられる図」
「鎌倉武者 劇場役者 競錦絵 甲乙☆候」「[ ]」「[ ]」「[ ]七郎清十郎」「源太景季八百蔵」「岩永左衛門[ ]」「[ ]」「[ ]」「三保谷四郎団三郎」「上総之助[ ]」「[ ]」「[ ]」「[ ]」「巴御前杜若」「和田義盛幸四郎」

「贈従三位左近衛中将橘正成卿ハ敏達天皇五代井出左大臣諸兄公十四代孫正玄の男にして智仁勇兼備の良将なり主上端瑞夢に応して楠を頼む正成官軍につきて元弘の始赤阪の城に小勢五百騎を以て楯籠り鎌倉の討手を引つけ熱湯を濯せて三十余万騎の大軍を悩す図」
Uploaded: 2024-03-27