
(先月出生の女子、3月16日死去ニ付書状)

第七番(5両慥に受取、去月上旬朴仙江戸表にて気管支疾病、中旬出府仕日々介抱略全快、禁門の変風聞、当年中は寄塾罷在度書状)
(参照追補 當時即ち去る九月六日附、小南京師より~)

宇都宮一勝義、内証極々差支老父不求之介抱不任所存御願三人捨扶持拝領事

(横浜表用向、去月27日着府、貴藩通行のせつ尊父拝顔等書状)

(朴仙大兄にも追々全快、帰郷未だ日限相定不申、写本一件、ワートル薬製論等ニ付書状)

第5回選択的介護モデル事業に関する有識者会議(平成30年5月16日)

HAK1-050 〔病院建築関係文書 明治19年6月28日会議録および官用地拝借願〕
![(尊大人[父]様、去月14日暴劇の腹痛、一先帰国の上看病なし下され可然等書状)](https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/archive/ics/viewer/iipsrv.fcgi?IIIF=/2777051/3257567/3257567_0000001.jpx/full/!110,100/0/default.jpg)
(尊大人[父]様、去月14日暴劇の腹痛、一先帰国の上看病なし下され可然等書状)

(墨蹟并短冊大延引、当月16-19日迄出福、柳町雀屋にて拝話いたしたく書状)

(病症状等ニ付緒方洪庵書状、「緒方洪庵先生之小伝」昭和16年2月15日 仙石亮、軸装)
![(当殿様[間部詮実]大病ニ付急出府被仰付、当月20日江戸着も殿様逝去、来1月10日頃迄滞在ニ付此方へ罷越され度書状)](https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/archive/ics/viewer/iipsrv.fcgi?IIIF=/2776989/3257334/3257334_0000001.jpx/full/!110,100/0/default.jpg)
(当殿様[間部詮実]大病ニ付急出府被仰付、当月20日江戸着も殿様逝去、来1月10日頃迄滞在ニ付此方へ罷越され度書状)

回達(諸拝借の分、去暮より改正、証券の通り年割上納分8月晦日限上納致すべく会所より達)

回達(諸拝借の分、去暮より改正、証券の通り年割上納分当8月晦日限上納致すべく会所より達)

重茂公去月十七日於小田原駅御持病被差出野地御滞留之由申来候付御見廻御使者被差上候事

去ル廿二日大風雨洪水ニ付百間川堤切損水押破損其外品々模様書上帳 嘉永五年八月

(10月26日朝帰坂、餞別御礼、小児姉ほうそうにて病死、漸々昨3日に6軒中名代呼出巨細申述等書状)

御三家様他方者御抱之義天和三年二月廿二日御書付御書載之通候処段々御届無之候付て二丸ゟ達書之事
借手が溢れる市設長屋 : 抽籤日までには申込数が竃数の三倍に達しそう : 月給取階級も続々借用を申入れるが之等は一切謝絶する

去ル八月七日洪水二付早渕中村両組流家潰家共二吹上深水ニ而難渋人先達而御手当頂戴仕候者再応取調且又調落之者共夫々取調指上帳控

(墨流は大槻子供衆へ差上、12月16日伊東玄朴法印、大槻直服頂戴、20人扶持加増、扶氏遺訓は1両2朱、硫酸モルヒネは大槻にも稀に被用、鈴木玄岱の処へも度々客に相成、書状)
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る
最終更新日: 2025-03-05T01:00:46
登録日: 2025-03-06
