(江州へ遣候名代帰着、頼談の調達金相整、名代武大夫請取申候、等書状)

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御用状(触達請書相廻候間各名印相居候事)他

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乍恐御請奉申上候事(箱館奉行通行に付、夫伝馬代銭拝領請書)

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(名代両人が持参し御殿金中利足・御用達申置候金子返済の礼、御頼之一条に付委細御名代両人へ御咄申上候書状)

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覚(松代、硝焰蔵追普請代、田名部町友吉より買上候魚油代等の書上)

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御達奉申上候口上之覚(江州八幡梅村甚兵衛名代両人之者江借入金子一件)

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日田揖斐十太夫殿手代塚田平蔵自長崎罷帰牛津通路ニ付金百疋被下候事

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第二番(君上先月18日開門、雨宮周庵も精勤の由、送金6両松本市蔵出府ニ付相頼申候、かき餅・雲丹遣申、4日には河合帰国、奥村直作に取次相頼候、書状)

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(着府の便毎日待居候、御次交代の方々も程なく帰国、其節委敷様子承り申べく書状)

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(御意之写此度江戸表御固場江仰出候ニ付俄ニ調達為及頼談夫々手配り致居候処御静謐ニ相成候段申来不及出金候得共心配之廉も有之ニ付葛袴一具被下置候)

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土州材木吉野川流通願一件阿州江御挨拶鷹司家諸大夫中迄頼込候手続書控 但大坂岩田町安藤庄七心願ニ付佐野右門より取次候事

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海外市場調査団派遣の大綱決定す : 総員二十五名、阪神割当は十名 : 官民恊議会から―神戸代表帰る

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(急々内願の義ニ付、25日願の通仰付られ、札所御請之義名代罷出候様書状)

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覚(梅村手代・飛脚参着・帰郷共大滝村出役少算へ通達する様、手代1泊2匁5分取極、酒肴、音物等応対ニ付)

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(三井氏帰省、我に書中を以竹内へ頼遣、程なく高峰・小池等出府、その頃雨宮周庵・高橋愿策も出立、雛鰈・するめ送り申候、書状)

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泣いてカナダ州政府の暴戻を語る邦人漁夫 : 追われて帰った十六名 : 今朝しょんぼり横浜に上陸

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尾崎の洋行帰よりも百三十年前同じ勢州出身の船夫が外来思想の輸入 : 揺藍時代の日露交通史料

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天長節ニ付日比谷練兵場ヘ行幸観兵式被為行長官并勅任官一名宛御先着ノ儀宮内卿ヨリ達有之候件

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尾州名古屋藤屋武七殿御国御用達之義御願壱巻並加護御茶屋御普請椹才御調上書付壱巻入袋

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「八幡太郎義家 康平年間頼時貞任の朝敵をほろぼし宗任をつれ都へ帰陣の図」 「三浦平大夫為道」「須藤太助道」「鎌倉権守景道」「藤原光頼」「城二郎永基」「藤名三郎武信」「千葉介常政」「太田行政」「太田太夫行高」

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名東郡村々勧農御普請所去ル五月大雨出水ニ付破損場所御手伝村々自力を以仕上候人夫役数賃銀積仕様取都指上帳

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名東郡村々勧農御普請所去ル五月大雨出水ニ付破損場所村々自力を以御手伝ニ相仕立候人夫役数賃銀積仕様都指上帳

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御達申上候口上之覚(江州梅村甚兵衛より才覚金当子年分利足元入金1183両、札所より為替で2名に持たせ、替金甚だ延引等二付、黒木藤平まで指出候書付写)

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通行內外遇有發掘王府將軍夫人郡縣主及歷代帝王名臣先賢墳塚其開棺見屍爲從及發見棺槨者不分首從俱發邊衞係邊衞所者發極邊衞所發而未至棺槨者發附近衞所俱充軍俱連當房家小發遣例

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「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

Last Updated: 2021-07-07T01:00:14

Uploaded: 2025-03-06