御意之写此度之儀何分丹精致セ永ク見捨まい

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御意之写 只今家老共申聞候此度之儀者勝手向基本可相立境ニ候間為国家致一般丹精候様致度候

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御意之写 只今家老共ゟ申聞候通何角大儀猶厚申談候様

御意之写 只今家老共ゟ申聞候通何角大儀猶厚申談候様

乍憚口上書を以申上候(江戸表庄之丞倹約、禁酒、私儀酒少々宛のみまするゝ此段用捨下さるべく)

乍憚口上書を以申上候(江戸表庄之丞倹約、禁酒、私儀酒少々宛のみまするゝ此段用捨下さるべく)

世久見浦より永請持ニ相成候山之内此度元戻しニ可致候様郡方御役所様より被仰出ニ付在来通リ歎願之扣

世久見浦より永請持ニ相成候山之内此度元戻しニ可致候様郡方御役所様より被仰出ニ付在来通リ歎願之扣

江州日野此書物何れの所に在共売買之儀一切御断申候かならず御かへし被下様願上候信楽院蔵書

江州日野此書物何れの所に在共売買之儀一切御断申候かならず御かへし被下様願上候信楽院蔵書

(去16日帰京、杉田氏碑文之儀多忙不一、いずれ如何様とも致し調候ニ付書簡 附:後半の読み下し文)

(去16日帰京、杉田氏碑文之儀多忙不一、いずれ如何様とも致し調候ニ付書簡 附:後半の読み下し文)

(江州日野此書物何れの所に在共売買等之儀一切御断申候かならず御かへし被下様願上候信楽院蔵書)

(江州日野此書物何れの所に在共売買等之儀一切御断申候かならず御かへし被下様願上候信楽院蔵書)

第五番(其許一年学費儀、諸色高値ニ付増送べく旨承知、1ケ年20両斗の積りに相送申すべく、此表も天然痘大流行、種痘不致者は損生命往々有之、種痘致候者変痘を発候者是所数多有之等書状)

第五番(其許一年学費儀、諸色高値ニ付増送べく旨承知、1ケ年20両斗の積りに相送申すべく、此表も天然痘大流行、種痘不致者は損生命往々有之、種痘致候者変痘を発候者是所数多有之等書状)

(御意之写此度江戸表御固場江仰出候ニ付俄ニ調達為及頼談夫々手配り致居候処御静謐ニ相成候段申来不及出金候得共心配之廉も有之ニ付葛袴一具被下置候)

(御意之写此度江戸表御固場江仰出候ニ付俄ニ調達為及頼談夫々手配り致居候処御静謐ニ相成候段申来不及出金候得共心配之廉も有之ニ付葛袴一具被下置候)

第五番(福井橋本彦哉[綱維]、長崎へ遊学に出候由、其許にも同所へ出られては如何、再種痘其表ニ而厳命に行われ候由、尤の事に存候、此方にても手之届丈け再種為致候事書状)

第五番(福井橋本彦哉[綱維]、長崎へ遊学に出候由、其許にも同所へ出られては如何、再種痘其表ニ而厳命に行われ候由、尤の事に存候、此方にても手之届丈け再種為致候事書状)

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

最終更新日: 2021-07-07T01:00:14

登録日: 2025-03-06