口上(去年9月ヲロシヤ国より兵船数十艘着仕、大騒動ニ付)

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乍恐口上(通船壱艘新揩造仕度願書)

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(漢口に安着仕候ニ付葉書)

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(去廿二日北京到着仕候ニ付書簡)

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乍恐口上(船壱艘ニ付水主弐人差出願書)

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(本日無事漢口に到着仕候ニ付葉書)

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乍恐口上書を以御願申上候(小船1艘所持、薪等荷物賃積渡世仕度、小船役銀7匁5分年々上納ニ付)

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名東郡村々勧農御普請所去ル五月大雨出水ニ付破損場所村々自力を以御手伝ニ相仕立候人夫役数賃銀積仕様都指上帳

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[歴民カード_歴史] 駿河国鷹飛郡清水三保屋次郎兵衛船ニ而船頭水主便船人共七人乗組艀ニ而当三宅嶋江漂着浦手形之写

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名東郡早渕村他十二カ村去五月大雨出水ニ付勧農御普請破損場村々御手伝自力を以相仕立人夫役数仕様相記指上帳

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名東郡村々勧農御普請所去ル五月大雨出水ニ付破損場所御手伝村々自力を以仕上候人夫役数賃銀積仕様取都指上帳

名東郡村々勧農御普請所去ル五月大雨出水ニ付破損場所御手伝村々自力を以仕上候人夫役数賃銀積仕様取都指上帳

表題なし(大浦湊澗口并津内ニ於て去ル文化十二亥文當午迄貳拾ヶ年之間難破船取調書と記載あり)

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大坂橘屋四郎兵衛船田辺屋正三郎船当四月地雇船被仰付御国産大豆千石積入罷登之処、於大坂荷物請渡方故障之儀有之、右訳合船頭共より願出并宿安田彦兵衛ヨリ口上書差出候ニ付取扱向書控

大坂橘屋四郎兵衛船田辺屋正三郎船当四月地雇船被仰付御国産大豆千石積入罷登之処、於大坂荷物請渡方故障之儀有之、右訳合船頭共より願出并宿安田彦兵衛ヨリ口上書差出候ニ付取扱向書控

引札絵柄:2人の美人 商店場所:那賀郡岩脇東ノ丁西より入口 商店名称:日下茂平 商売内容:古着洋反物并ニ仕立物

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運送船志自岐沈没し将卒百十数名の安危 : 浜口二等機関兵無事の電報ありしのみにて消息全く無し : 十七日正午海軍省発表

運送船志自岐沈没し将卒百十数名の安危 : 浜口二等機関兵無事の電報ありしのみにて消息全く無し : 十七日正午海軍省発表

□□口演本又がし落書并ニ鼠喰ひ油しみやけどふんじつなど出来候時は見料の外にそんじ料申請度候間此段前以御願奉申上候以上一組ニ付日数十日限り月日□□堂□□□□兵衛

□□口演本又がし落書并ニ鼠喰ひ油しみやけどふんじつなど出来候時は見料の外にそんじ料申請度候間此段前以御願奉申上候以上一組ニ付日数十日限り月日□□堂□□□□兵衛

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

最終更新日: 2021-07-07T01:00:14

登録日: 2025-03-06