(今井村・五条方村・佐開村・稲郷村・野中村種痘児名列、生年月日、父兄名等)

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(種痘取調書、五条方村、佐開村、西山村等)

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(地租10円以上、5円以上、5円以下納税者名列、今井村、五条方村、稲郷村、佐開村、西山村、平沢地頭村、平沢領家村、野中村)

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上佐嘉上郷上九郎名村

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佐嘉郡佐保河嶋郷今山村・大願寺村

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佐嘉郡佐保河嶋郷今山村・大願寺村

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佐賀県肥前国佐賀郡新郷村字今村分全図

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貧民取調書(稲郷村、西山村、平沢領家村、今井村)

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(西庄堺ニテ種痘施術のところ稲荷村出張施術ニ付回達)

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地籍佐開村へ編入ニ付盟約証(入会地) 大野郡開発村、東山村、友兼村、御給村、今井村、佐開村総代人18名

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「当今頗別品競」 「金瓶大黒 静江」「佐の槌 小町」「稲本 金蘭」「稲本 司」「尾彦 若紫」「尾彦 名山」

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御糺二付申覚(西名東村万五郎兄磯太後家と佐古拾壱丁目素遍屋幸蔵密通一件)

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(稲郷村地所之内堀兼用水ニ関スル分地所、酷暑ニ付今井小学校閉校届)

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越前国足羽郡吉田郡丹生郡今立郡南条郡坂井郡大野郡之内郷村高帳

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鮎喰川東大手囲堤御普請之義ニ付西名東東名東庄蔵本嶋田佐古矢野田宮今切九カ村役人共請書控他

鮎喰川東大手囲堤御普請之義ニ付西名東東名東庄蔵本嶋田佐古矢野田宮今切九カ村役人共請書控他

第三番(此節伊東・竹内様も塾生斗は8・9人、大槻先生病気大いに衰弱、10月上旬より犬の流行病はやり、種痘館は和泉橋通り藤堂和泉守様上屋敷より一丁北、種痘小児30人斗もあり、改名し西洋医学所、和宮風聞等書状)

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「古今こん悪狐退治」 「八重垣姫」「後鳥羽の院」「三浦之介」「上総之介」「北条時頼」「道春」「阿部保名」「千代田稲荷大明神」「くづの葉」「阿部安成」「玄応和尚」

「古今こん悪狐退治」 「八重垣姫」「後鳥羽の院」「三浦之介」「上総之介」「北条時頼」「道春」「阿部保名」「千代田稲荷大明神」「くづの葉」「阿部安成」「玄応和尚」

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「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

最終更新日: 2021-07-07T01:00:14

登録日: 2025-03-06