東京市町名沿革史
東京市町名沿革史

刑法犯被告事件名称 : 附・司法警察執務参考
京町小路立横 : 通筋小名并寺屋敷付

東京市實測明細全圖 附録諸官衙并名所圖画及日本鐡道線路里程

引札絵柄:羽根付きをする親子 商店場所:川田町川東 商店名称:坂東栄蔵 商売内容:萬荒物雑穀商
「東京自慢名ぶつ会」「桜川〆孝」「待合営業 喜良久」「新よし原仲之町おもだかや ちゃら 坂本かめ」「見立模様鐘ヶ淵染」
「東京自慢名ぶつ会」「桜川〆孝」「待合営業 喜良久」「新よし原仲之町おもだかや ちゃら 坂本かめ」「見立模様鐘ヶ淵染」
「東京自慢名ぶつ会」「桜川〆孝」「待合営業 喜良久」「新よし原仲之町おもだかや ちゃら 坂本かめ」「見立模様鐘ヶ淵染」
「東京自慢名ぶつ会」「桜川〆孝」「待合営業 喜良久」「新よし原仲之町おもだかや ちゃら 坂本かめ」「見立模様鐘ヶ淵染」

「東京自慢名ぶつ會 桜川〆孝」「待合営業 喜良久」「新よし原仲之町おもだかや ちゃら 坂本かめ」「見立模様鐘ヶ淵染」
(右)「東京自慢名物会」「三遊亭萬橘」「ビラ辰」「待合 新冨久井 榎本こう」「新吉原仲之町 濱の屋奈津 岸上はつ」「見立模様往昔浅草並木染」(左)「東京自慢名物会」「伊東燕尾」「ビラ辰」「煙管 村田七右衛門」「浅草新須賀町壱番地 長坂はる子」「見立模様薬研堀そめ」
(右)「東京自慢名ぶつ会」「桜川〆孝」「待合営業 喜良久」「新よし原仲之町おもだかや ちゃら 坂本かめ」「見立模様鐘ヶ淵染」(左)「東京自慢名物会」「全亭武生」「ビラ辰」「小児生長丸頭痛静靖丸 薬剤師 高木與八郎」「よし町ほていや よう 橋谷なを」「見立模様浅草山谷橋染 待ちしずんで」
全然生れ代る大京都市 : 拡張区域実に三十平方里 : 東と北は山、南は淀川が境界、桂川以西は第二次計画、山科の編入に就は尚お考慮中 : 新道路及び循環道路には悉く複線電鉄布設 附り木屋町線は廃止重要建物には影響無し : 東海道線の附替と高架式使用

「名所三十六景」(富士三十六景目録) 「目録」「東都一 石はし」「同 するか町」「同 すきやはし」「同 佃沖」「同 御茶の水」「同 両ごく」「同 隅田堤」「同 あすか山」「同 富士見茶や」「同 目黒夕日が岡」「鴻の台 戸根川」「武州 小金井」「武州 玉川」「同 越ヶ谷在」「同 野毛横浜」「同 本牧のはな」「相州 三浦の海上」「さがみ川」「相州 七里がはま」「同 江のしま入口」「箱根の湖水」「伊豆の山中」「駿州 さつたの海上」「同 三保の松原」「おなしく」「東海道左リふじ」「駿遠 大井川」「伊勢 二見か浦」「信州 諏訪の湖水」「同 塩尻峠」「甲斐 御坂越」「甲斐 大月が原」「同 犬目?峠」「下総 小金ヶ原」「上総 黒戸の浦」「同 鹿楚山」「房州 保田の海岸」「過計三十六枚」

「名所冨士三十六景」 「目録」「東都一 石はし」「同 するか町」「同 すきやはし」「同 佃沖」「同 御茶の水」「同 両ごく」「同 隅田堤」「同 あすか山」「同 富士見茶や」「同 目黒夕日が岡」「鴻の台 戸根川」「武州 小金井」「武州 玉川」「同 越ヶ谷在」「同 野毛横浜」「同 本牧のはな」「相州 三浦の海上」「さがみ川」「相州 七里がはま」「同 江のしま入口」「箱根の湖水」「伊豆の山中」「駿州 さつたの海上」「同 三保の松原」「おなしく」「東海道左リふじ」「駿遠 大井川」「伊勢 二見か浦」「信州 諏訪の湖水」「同 塩尻峠」「甲斐 御坂越」「甲斐 大月が原」「同 犬目?峠」「下総 小金ヶ原」「上総 黒戸の浦」「同 鹿楚山」「房州 保田の海岸」「過計三十六枚」
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る
最終更新日:
登録日: 2020-12-17
