
「賑ふや妹背縁日」 「柳島妙見」

「賑ふや妹背縁日」 「薬研堀ふどう」

「賑ふや妹背ゑん日」 「白銀清正公」

「賑ふや妹背ゑん日」 「白銀清正公」

「賑ふやいもせ縁日」 「赤羽根水天狗」

「山家や清兵衛 嵐璃寛」 「染模様妹背門松」

「妹背山御殿場切組とうろう」 「ふか七、おみわ」

「御利生結ぶの縁日」 「薬研掘金毘羅」

「御利生結ぶの縁日」 「金杉町比沙門」

「江戸名所」 「虎御門外金毘羅社葵坂」
飾金物図「表御門両脇竹之節玉縁逆輪金物」
「妹背山婦女庭訓」「中むら哥右衛門 一世一代 御名ごり狂言」「十日替り之内」
「[巨泉おもちゃ絵集 第十二集 第六十図][鳥取辺ノおぼこ人形、金毘羅デコ」「金毘羅ノ土鈴]」 「川崎巨泉おもちや絵集」「はしがき」「絵集完成の御挨拶」「他」
農家よグッと供出の背伸びだ : 腰は僕が支えてやる : 御褒美の米は大手ふって街の息子に : 内田さん決戦食生活論

覚 / 羽州本庄御蔵宿北国屋七兵衛、羽州塩越村御蔵宿金又左ェ門より江戸深川和泉屋嘉兵衛他宛

「一騎当千万両寿語禄」 「高木折右衛門」「坂田蔵人」「南瀬六郎」「秋月娘みゆき」「上り」「薩摩源五兵衛」「いばらきや伝三」「監物太郎」「武智光秀」「横山刑部」「石川五右衛門」「蔵人妹しらへ」「印南数馬」「直助権兵衛」「桜や小万」「当麻三郎兵衛」「小万歳鶴太夫」「あざみのお花」「太田十郎」「舛やおこの」「安達元右衛門」「主馬小金吾」「ふり出し」「篠塚八郎」「早瀬源次郎」「秋山長兵衛」

寅年帳(年貢、用向并触、神仏事、府中家中役方勤形本山并御坊所・テツギ寺勤形、村方諸事、田畠小作おろし・手作、桑売払、福井趣法講銀、金銀貸借、音進、買物留、作事留、手作こやし留、日記留、田植種蒔留)
「[巨泉おもちゃ絵集 第十一集 第五十二図][宇都宮辺ノ猫笛、花巻ノ猫、金沢ノ首振り猫」「富山ノ猫」「天王寺猫ノ門ノ猫]」 「川崎巨泉おもちや絵集」「はしがき」「絵集完成の御挨拶」「他」

「和田義盛一門九十三騎大磯におゐて三月三夜宴を催す折から小林朝比奈義秀曽我五郎致宗が血気にはやるを止て互に力量をあらはす図」 「和田小太郎義盛」「虎御前」「朝比奈三★義★」「和田太郎左衛門★幾」「和田彦四郎茂実」「土屋太郎義則」「金窪四郎左衛門義直」「和田五郎兵衛義重」「土屋大学介義清」「大川戸二郎政光」「三浦荒三郎義有」「曽我十郎祐成」「和田四郎義胤」「古郡新左衛門保忠」
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「名所三十六景」(富士三十六景目録) 「目録」「東都一 石はし」「同 するか町」「同 すきやはし」「同 佃沖」「同 御茶の水」「同 両ごく」「同 隅田堤」「同 あすか山」「同 富士見茶や」「同 目黒夕日が岡」「鴻の台 戸根川」「武州 小金井」「武州 玉川」「同 越ヶ谷在」「同 野毛横浜」「同 本牧のはな」「相州 三浦の海上」「さがみ川」「相州 七里がはま」「同 江のしま入口」「箱根の湖水」「伊豆の山中」「駿州 さつたの海上」「同 三保の松原」「おなしく」「東海道左リふじ」「駿遠 大井川」「伊勢 二見か浦」「信州 諏訪の湖水」「同 塩尻峠」「甲斐 御坂越」「甲斐 大月が原」「同 犬目?峠」「下総 小金ヶ原」「上総 黒戸の浦」「同 鹿楚山」「房州 保田の海岸」「過計三十六枚」

「名所冨士三十六景」 「目録」「東都一 石はし」「同 するか町」「同 すきやはし」「同 佃沖」「同 御茶の水」「同 両ごく」「同 隅田堤」「同 あすか山」「同 富士見茶や」「同 目黒夕日が岡」「鴻の台 戸根川」「武州 小金井」「武州 玉川」「同 越ヶ谷在」「同 野毛横浜」「同 本牧のはな」「相州 三浦の海上」「さがみ川」「相州 七里がはま」「同 江のしま入口」「箱根の湖水」「伊豆の山中」「駿州 さつたの海上」「同 三保の松原」「おなしく」「東海道左リふじ」「駿遠 大井川」「伊勢 二見か浦」「信州 諏訪の湖水」「同 塩尻峠」「甲斐 御坂越」「甲斐 大月が原」「同 犬目?峠」「下総 小金ヶ原」「上総 黒戸の浦」「同 鹿楚山」「房州 保田の海岸」「過計三十六枚」

(役者カルタ) 「日本橋 かつをうり 中村芝翫 あいきやうがこぼれ升」「石切がし 五郎太 市村羽左衛門 おぢいさんにそのまゝでござい升」「かまくらがし 百姓弥作 市川左団次 大やくをよくこなされ升」「京橋 都見物左衛門 市村家橘 三都の花かた外にるいなしだよ」「かわら町 鬼門の斎兵衛 河原崎権十郎 ひやうばんがいゝよ」「木下川 坂東太蔵 とり手橘平 しゆびはよいよ」「御厩河岸 与右衛門 市川左団次 あちさりと御上達だね」「枕ばし かさね 市村家橘 ゆめに見たのもよい吉さう」「ゑかうゐん 岩川次郎吉 市川米升 久しいのぞみも叶い升よ」「三河島 ☆杖直方 中村仲太郎 かみしめるとかくべつ」「永代ばし 工藤左衛門祐経 坂東亀蔵 お年よりかげいがわかいよ」「広尾 わるもの太郎吉 坂東元蔵 いつでもおもしろさうだよ」「隅田堤 おいち 坂東あづま おいおいごあんしんごあんしん」「中川 赤坂源蔵 家橘 思ふ願いは●ぶんとゞくよ」「逆井 さがみ五郎 中村仲蔵 しぶいところをかつてゐるよ」

「尼崎町ノ一部 其ノ一」 撮影場所:築地町より中在家町を望む キャプション:尼崎町は戸數六千人口三万を有し南方は大坂灣に臨み土地平坦にして市街長方形をなす其地理は極めて海陸の運輸交通に適するを以て各種の會社爭ふて起業地とし爲に煙突は年年其數を加へ人口亦著るしく増殖して今や全く昔日の面影を改めんとす以下撮影するものは其の概況なり。 ふるさと「尼崎」のあゆみキャプション:北東から築地を望む(大正初期)左、大黒橋、左下少し見えるのは丸万橋。この辺りには木材屋、竹屋、船大工作業場などがあり、木材や竹の筏が多く見られた。 / 御大典紀念献上 尼崎市写真帖

「江戸花見尽 隅田川 八重一重あさき桜」

「一歩線香即席噺 三笑亭可楽」 「(裁断不明)」

「賑ふや妹背ゑん日」 「白銀清正公」

「当世美人合 おゐらん」

「風流相生つくし 松に鶴」

「賑ふやいもせ縁日」 「赤羽根水天狗」

「後鳥羽院 九十九番」

「当世あつまにしき絵」

「風流見たて七小町 清水」

「当世道行振」「おふさ 徳兵へ」

「武勇千柄草」 「箱王丸」

「当時高名会席尽」 「亀戸 巴屋」

「船頭松右衛門実は樋口次郎」 「市川団十郎」「駒若丸」「市川勝次郎」

「梨壺五歌仙」 「和泉式部」

「役者当世鏡」 「けわい坂の少々」「岩井粂三郎」

「浮世名異女図会 洛陽 ぽんと町」 「本詰 一名花陽毛志」

「流行浴衣当世揃」

「百人一首絵抄 六」「中納言家持」

「船頭松右衛門実は樋口次郎」 「市川団十郎」「駒若丸」「市川勝次郎」

「嶋の内ねり物」「けそうみ」「伊丹駒小なべ」

「七変化ノ内」 「伊左衛門 嵐三五郎」

「当世花くらへ 牡丹」

「風流相生尽 卯春新板 竹にすゝめ」

「流行御利生けん」
Last Updated: 2020-02-19
Uploaded: 2023-04-03
