書状(拙者次男泰司兵馬殿聟養子被致度に付)

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東次郎兵衛御馬方被仰付候事

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水町又左衛門殿於御前加判御取備大物頭被仰付西太郎兵衛殿次席被仰出候事

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中島四郎兵衛名跡相良極碩二男千次郎依願被仰付候事

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木村太郎左衛門へ水町平馬・西川次兵衛を以被仰聞候事

木村太郎左衛門へ水町平馬・西川次兵衛を以被仰聞候事

五城兵馬司幷巡捕人員密切緝捕盜賊與賭博宿娼等項無籍之徒其權豪勢要不行坐鋪應捕人員不捕盜被盜四隣不救護俱參問例

五城兵馬司幷巡捕人員密切緝捕盜賊與賭博宿娼等項無籍之徒其權豪勢要不行坐鋪應捕人員不捕盜被盜四隣不救護俱參問例

伊勢兵部殿状壱通写 忠相様忠親様時久様諸士江被宛行高目録写 御家聞書 翁久様忠亮様御元服之覚書 安宅三河守殿状壱通写 朝鮮入大名衆軍列之次第 忠相様高祥寺江被宛行知行御書之〔写〕

伊勢兵部殿状壱通写 忠相様忠親様時久様諸士江被宛行高目録写 御家聞書 翁久様忠亮様御元服之覚書 安宅三河守殿状壱通写 朝鮮入大名衆軍列之次第 忠相様高祥寺江被宛行知行御書之〔写〕

「八島大合戦」 「左馬頭行盛」「平大納言時忠」「前内蔵守基信」「参議宰相」「越中盛次」「左少将有盛」「矢野左馬頭宗村」「伊賀平内左衛門」「左中将時実」「兵部大輔」「三位中将資盛」「美濃前司則清」「摂津太郎」

「八島大合戦」 「左馬頭行盛」「平大納言時忠」「前内蔵守基信」「参議宰相」「越中盛次」「左少将有盛」「矢野左馬頭宗村」「伊賀平内左衛門」「左中将時実」「兵部大輔」「三位中将資盛」「美濃前司則清」「摂津太郎」

(右)「東けうじまんめいぶつ会」「三遊亭金馬」「ビラ辰」「薬種賣薬化粧品問屋 晴香堂薬局 山田直次郎」「赤さか 春本いなる 小林いく」「見立模様釜屋堀五本松形」(左)「東京自慢名物会」「松林若圓」「ビラ辰」「与兵衛寿司」「柳はし きくの屋小髙 長尾しほ」「見立模様両国橋詰更紗」

(右)「東けうじまんめいぶつ会」「三遊亭金馬」「ビラ辰」「薬種賣薬化粧品問屋 晴香堂薬局 山田直次郎」「赤さか 春本いなる 小林いく」「見立模様釜屋堀五本松形」(左)「東京自慢名物会」「松林若圓」「ビラ辰」「与兵衛寿司」「柳はし きくの屋小髙 長尾しほ」「見立模様両国橋詰更紗」

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

Last Updated:

Uploaded: 2021-09-21