
写(跡式相続御礼書)

相渡申一札之事(伊右衛門、親とふてき申候ニ付)

極印町吉野屋喜兵衛跡式相続申渡事

相極申仕分ケ証文之事(本家相続跡式ニ付)

御用状(小笠原勘右衛門儀、親和右衛門存生の内、跡式仰付)
各国の対外貿易日本が著しく好転 : 仏、伊、独は不振継続

御詫申上候一札之事(五右衛門跡相続争論ニ付)

相究申一札之事(長兄家死絶、跡式兄弟相続ニ付)

申上覚(府中村頭入百姓亀蔵死亡に付跡式相続について)
第四十七議会開院式 : 大礼服も燕尾服もなき申し分なき震災気分
独伊両巨頭のヴェニス会見終る : 伊首相、会見後大群衆に演説 : ヒトラ首相の名を呼ぶごとにファッショ式敬礼を行い、一方ヒ首相もそれに答礼する : 全く劇的なシーン
「志無登宇徳次郎坂東彦三郎。世伊利喜戸見吾郎。意智賀和九蔵。久満佐可於長尾上菊次郎。伊奈葉好蔵市村家橘雲喜利仁左右エ門市川団蔵」
「志無登宇徳次郎坂東彦三郎。世伊利喜戸見吾郎。意智賀和九蔵。久満佐可於長尾上菊次郎。伊奈葉好蔵市村家橘雲喜利仁左右エ門市川団蔵」
「志無登宇徳次郎坂東彦三郎。世伊利喜戸見吾郎。意智賀和九蔵。久満佐可於長尾上菊次郎。伊奈葉好蔵市村家橘雲喜利仁左右エ門市川団蔵」
パス屋殺し死刑延期か : 『もと』は獄中で上申書 : 新しき捜査継続さる : 絞首台への一歩前・彼女は何を語る? : 謎の事件に意外なる波紋
「俳優中村歌右衛門 三代目 江戸産始振附藤間勘十郎養子幼名吉五郎好李園従梅玉改鶴助亦師俳名譲受更芝翫後師名跡続歌右衛門於浪花没行年五十五歳嘉永五壬子年二月十七日中寺町浄国寺葬法号歌成院翫雀日光信士」
「俳優中村歌右衛門 三代目 江戸産始振附藤間勘十郎養子幼名吉五郎好李園従梅玉改鶴助亦師俳名譲受更芝翫後師名跡続歌右衛門於浪花没行年五十五歳嘉永五壬子年二月十七日中寺町浄国寺葬法号歌成院翫雀日光信士」
「俳優中村歌右衛門 三代目 江戸産始振附藤間勘十郎養子幼名吉五郎好李園従梅玉改鶴助亦師俳名譲受更芝翫後師名跡続歌右衛門於浪花没行年五十五歳嘉永五壬子年二月十七日中寺町浄国寺葬法号歌成院翫雀日光信士」
此際彼れ是れ申度ない 斎藤総督の談/世論の帰趨を眺めるのみ 市来蔵相談/雁首のスゲ換が穏当 青木信光子談/やはり政友会擁護内閣か 江木千之氏談/結局は中間内閣? 和田豊治氏談/今は言うべき時でない 加藤内閣の功績 仲小路廉氏談/子の為に遺憾に思う事 若槻礼次郎氏談/後継内閣は問題でない 武藤山治氏談/政友会幹部の凝議 今二十五日午前と午後に/岡野氏呼声と其因由 馬場長官法相の諒解を求む
「一世一代口上 中村歌右衛門」「これより一世一代の口上を申上奉り升る 私義去冬顔見世は京都の約束致升たる所 病気にてアノ方を行申升て二の替り狂言差出し升たる所 又々病気さし起り其上江戸表にて九化の所作事仕升たる所 左りの足をけが致しあの方にてはなんばと申所せ(ひ)なく其まゝおして相勤升る 其怪我か折/\起り升て狂言中ばにて足の工合そこね升る事厶り升るなれども只今にては私功者になり升てそくざにはめ升れば又々狂言も出来升なれども 右病気故芝居之休日はあれこれ名医を頼升て養生致升る所 表よりはどふじや/\と尋ねに参り升る 親類ども打寄り是てはどふも表へすまず傍ばい共へも相済ぬゆへ なんで有ふと舞台を引くがよいと申升る 私も五十には二三年も間も厶り升 中/\一世一代致したふは厶り升んなれどもこう病気/\では所詮勤らぬ事なれば先中山文七殿五十才にて一世一代致され升たが役者共のよい手本て厶り升る 夫をまねび升て中村鶴介に三番叟の役を相勤させ升る これは文七殿一世一代の時泉川☆蔵中芝居より参り三番叟役相つとめ升たるかたを取升て厶り升る 私も首尾よふ舞納め升て江戸表におり升る関三十郎 此者は中村歌助と申升てわたくし弟子に厶り升る 此者に歌右衛門をゆづり 鶴助に芝翫をゆづり升て私は加賀屋市兵衛と改め素人に相成升たなれば市兵衛どふじやかはる事はないと御尋下さりませ 鰕十郎は幼少より兄弟ぶんに相成をり升れは此度一世一代仕升るに付なぜ相談はしてくれぬと涙こぼしていふてくれ升 中/\私も引たふは厶り升んなれ共病気故の事で厶り升る イヤ/\あれはあのやうに一世一代して又二三年の内に出るで有ふと思召御方も厶り升ふが中々大坂へは出升ぬ たびへは弐三年も参るつもりで厶り升 又々出るやうなさやうなみじゆくな私でも厶り升ん私弟子四十人から厶り升れは女形の□□は三光歌六におさとうし升るで厶り升る 是におり升る忰共又は弟子共の義御頼申度は厶り升れと余り長事申上ケまするとかへつて御たいくつと何事も申升ん 今月一ぱい仕り升れはあれも幼少よりなしみの事じやかつは大坂のぐわいぶんじやとおふせ合され升てたゞヱイトウ/\と御見物の程おそれなからすみからすみまでずいと奉希申上升る

(役者カルタ) 「亀戸天神 山本勘助 嵐吉三郎 のち/\の御出世をまちまする」「花屋しき 新造胡蝶 市村家橘 なんでもはまりますよ」「木母寺 おたね 尾上菊次郎 たしかなことがありますよ」「三めぐり稲荷 衆徒あだちん坊 中村雁八 当時半道のいちまん舟にるゐなし」「山谷玉姫の社 ちりれん坊 坂東嘉知六 おわらひくさだよ」「首尾の松 松永大膳 中村芝翫 あくまでいいよ」「寺島 和尚次郎 市村羽左衛門 うけました江戸つ子のおや玉/\」「あづまの森 木村又蔵 成駒屋 たゞしいものだよ」「柳島 人形つかひ 市村羽左衛門 御工風はべろだんだよ」「一石橋 おはな 市村竹松 おほねをりが見え升」「堀の内 小狐礼三 市村家橘 外にるゐなしでござり升」「五百らかん 鷺坂ばん内 坂東薪左衛門 いつもおもしろさうだよ」「今戸 地廻り三吉 坂東三八 おひおひしゆびがよいよ」「巣鴨 大領久吉 沢村訥升 大ぐわんじやうじゆだよ」「金竜山 石川五右衛門 中村芝翫 ひと目千金」

(役者カルタ) 「亀戸天神 山本勘助 嵐吉三郎 のち/\の御出世をまちまする」「花屋しき 新造胡蝶 市村家橘 なんでもはまりますよ」「木母寺 おたね 尾上菊次郎 たしかなことがありますよ」「三めぐり稲荷 衆徒あだちん坊 中村雁八 当時半道のいちまん舟にるゐなし」「山谷玉姫の社 ちりれん坊 坂東嘉知六 おわらひくさだよ」「首尾の松 松永大膳 中村芝翫 あくまでいいよ」「寺島 和尚次郎 市村羽左衛門 うけました江戸つ子のおや玉/\」「あづまの森 木村又蔵 成駒屋 たゞしいものだよ」「柳島 人形つかひ 市村羽左衛門 御工風はべろだんだよ」「一石橋 おはな 市村竹松 おほねをりが見え升」「堀の内 小狐礼三 市村家橘 外にるゐなしでござり升」「五百らかん 鷺坂ばん内 坂東薪左衛門 いつもおもしろさうだよ」「今戸 地廻り三吉 坂東三八 おひおひしゆびがよいよ」「巣鴨 大領久吉 沢村訥升 大ぐわんじやうじゆだよ」「金竜山 石川五右衛門 中村芝翫 ひと目千金」

(役者カルタ) 「亀戸天神 山本勘助 嵐吉三郎 のち/\の御出世をまちまする」「花屋しき 新造胡蝶 市村家橘 なんでもはまりますよ」「木母寺 おたね 尾上菊次郎 たしかなことがありますよ」「三めぐり稲荷 衆徒あだちん坊 中村雁八 当時半道のいちまん舟にるゐなし」「山谷玉姫の社 ちりれん坊 坂東嘉知六 おわらひくさだよ」「首尾の松 松永大膳 中村芝翫 あくまでいいよ」「寺島 和尚次郎 市村羽左衛門 うけました江戸つ子のおや玉/\」「あづまの森 木村又蔵 成駒屋 たゞしいものだよ」「柳島 人形つかひ 市村羽左衛門 御工風はべろだんだよ」「一石橋 おはな 市村竹松 おほねをりが見え升」「堀の内 小狐礼三 市村家橘 外にるゐなしでござり升」「五百らかん 鷺坂ばん内 坂東薪左衛門 いつもおもしろさうだよ」「今戸 地廻り三吉 坂東三八 おひおひしゆびがよいよ」「巣鴨 大領久吉 沢村訥升 大ぐわんじやうじゆだよ」「金竜山 石川五右衛門 中村芝翫 ひと目千金」

覚(三戸より中山村迄往来遣払い内訳)

書上申覚(奥山庄左衛門新田役銭納入に付)

民之助上納銭引当左之通

覚(金銭勘定証)

書状(御褒美金被下に付)

覚(三戸町付近の出来事を記述)

覚(金差引)

書状(50石加増に付)

石垣御普請銭百石弐貫三百五拾文被仰付割付

(数拾年御論地に相成候御境御分ケ方相済)

(諸役書上)

(御入部御用金指支に付寸志金上納命令)

書状

書状(会津衆入込迷惑につき)

覚(公儀役人通行につき)

巣子御鷹覚

書状(酒屋、冥加差上げ永久願上候につき)

覚(金銭受取)

武芸振興直書写

覚(公儀役人宿泊につき手入、諸品書上)

書状(手船八戸鮫浦漂着積入之秋味売捌につき)

此度七戸通五戸通御境御取据二付北奥県江御引渡相成候諸帳目録(写)

覚(奥山庄左衛門御免地書上)

書状(金子借用願など)
Last Updated:
Uploaded: 2021-09-21
