
諏訪堂村稲荷宮御遷座次第帳

庁舎より永山・諏訪方面

稲荷宮江永代寄進田方証文之事
音痴のくりごと / 諏訪川尻、災害復旧で対三井交渉へ / 組合代表が大活躍
戦時下・海運統制の推進 荷主組合結成へ : 行政機構改革論も登場
珍書と大図書館を市へ寄贈せん : 計画進行中 : 小寺謙吉氏の美挙
救済事業に充てる本館は十月から開設 : 二階三階は無料労働寄宿舎とする : 階下には食堂、浴場など

堀出雲守若年寄免、有馬遠江守之に代り、諏訪因幡守と共に外国事務取扱任命、田沼玄番頭、稲葉兵部少輔将軍の供として出立等通知
有機化学の殿堂へ突進する紺絣青年 : 小学校を出て図書館に篭る八年間 : 遉がの博士も驚嘆
共栄圏経済への示唆 : 仏印主要物資の集荷配給機構 : 華僑対策と本島人進出に期待 : 西貢にて富永本社特派員発

「京師丹楓十二景」 「高雄満地」「栂尾☆間」「通天橋下」「真如堂前」「嵐山桜交」「稲荷山上」「清閑寺庭」「八塩岡辺」「長岡池側」「西鴨山寺」「笠取山路」「永観池傍」

「京師丹楓十二景」 「高雄満地」「栂尾谷間」「通天橋下」「真如堂前」「嵐山桜交」「稲荷山上」「清間寺庭」「八塩田邊」「永観池傍」「長岡池側」「西鴨山寺」「笠取山路」

安中飯山両邸門番御雇増、入舎願出ノ者ハ入舎差許、門衛出勤人員、教師館門出入者へ印鑑相渡度、小遣定限、寄宿生賄料請取度旨、生徒小買物等ノ件并添地官宅拝借者区別、寄宿生入用炭ノ代料、文部省伺等書面月日ノ件至五九

本興寺 撮影場所:尼崎町別所 キャプション:尼崎町の内別所に在り、本門法華宗の大本山にして慶林院日隆上人の開基なり、應永廿七年細川満立の造營に係り、當時は寺域八町四方あり、三方に門を搆へ四方濠を繞らし堂塔十六坊八棟造の七堂三重の寳塔隆々として相列ひ壯麗雄大を極めたるも數度の兵燹に罹り今や唯舊觀の一部を存するのみ然れとも尚本堂、祖師堂、大書院、開山、三光、舎利各堂、方丈、庫裡等整然として存在せり、國寳日隆上人の像は佛師淨傳の作なり。
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「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」

「新田左中将義貞鎌倉平高時を責んと極楽寺切通しへ押よせしが北ハ山高く南ハ稲村が崎の海渺々として進発叶ハず時に義貞龍神に祈誓し太刀一振海中へ投入玉へバ即時二十余町干潟となり軍勢勇進で戦大利を得る」 「高時の軍船」「里見五郎義留」「桃井遠江守尚義」「大館次郎宗氏」「太井田太郎経信」「堀口太郎貞持」「船田健次郎友成」「大館左馬助義明」「岩松源三郎詮家」「名張八郎貞友」「亘新左衛門康昌」「脇屋左衛門佐義助」「篠塚伊賀守貞綱」「田中飛騨守義明」「松田入道浄全」
「江戸の花名勝会」「十一」「北組」「田舎そば」「二八楠田」「一子相伝角力赤膏」「兜あらためハ忠臣蔵の何段目」「□名手 本所」「元来牛じま也永代じま新地開発ありて本所と地名なるへし」「回向院境内勧進出角力」「ト二ッ」「つらいくがいを乗切る明智 白い仕かけで雲に龍」「ぬしゆゑにくらうつくしたくかいの此身もゆるむねの火不知火と」「しん上 両関さんえ ひゐき」「雲龍」「不知火」「高師直 坂東亀蔵」「少将の首を小桶に打入て寺より里へおくるはつもの」

書状(船腹品現金払いに付き追面書)

覚(豊蒔村堂社建立の覚)

覚(豊蒔村神楽につき藤井大和一件)

(田畑の件)

(大日堂境内歩数につき)

(源二郎より渡した銭につき)相渡候銭如何被成侯哉)

書状(斗南藩商法引請ならびに越後柴田米積入等につき)

伏稟(借銭返済遅延につき)

宮霞永久譲渡証文之事

組頭中宛書状

書状(川守田忠六家屋敷拝領)

書状(箱館での商売不安定につき)

覚(金子借用につき)

(最花外入用穿鑿)

(烑灯拝借願)

(俳諧句合につき)

(大日堂境内小杉雑木、虫祭の時村方伐木心得違につき)

覚(借用証文)

(観山を修験として宗門人別書上したく)

(昨日中野より樅の木八・九本差上につき)

集雲庵宗啓之啓書

覚(八戸出入御役銭10両の使用内訳)

書状(林治子息藤太死去忌他)

書状(内蔵病死悔礼 外)
Last Updated:
Uploaded: 2021-09-21
