
道行未来へころりね

こはねもころにひめおくふみそ源資尹

俳諧こころの巻(小浜小林堂、文珠丸室部様など)
「俳優いろはたとへ」「ねい臣国にはびこる」「高野もろ直」
「俳優いろはたとへ」 「石橋」「物まねふりも獅子ににて」

「仲居おふね」 「嵐小六(あらしころく)(四代嵐小六の)」

絵葉書「長崎崇福寺」天和貳年海内飢饉我長崎亦大ニ饉ユ是ニ於テ常寺第二世呆禅師一山ノ僧衆ヲ率ヒ行乞ヲ

「俳ゆういろはたとえ」 「も」「石橋」「物まねふりも獅々によく」
「俳優いろはたとへ」「へをしてしりつぼめ」「つほね岩ふじ」
こんな工合に廃物を活かせ (1〜6) : 肥料飢饉を緩和出来る

(かさねふろ、畳、表はこ、金はかり、たぼこぼん、ちゃがまなど書上)
「俳ゆういろはたとへ」「思ふねか岩をとうす」「みうらやあけ巻」
「俳ゆういろはたとへ」「思ふねか岩をとうす」「みうらやあけ巻」
『金』は跳騰る : 金買い屋街頭に狂奔して到るところすでに『金飢饉』 : 『円』暴落時代の姿
紙飢饉どこまで騰る : 需要家に大恐慌を来す : 「紙を大切にしましょう」
「鎌倉志 俊満製」 「天女毒蛇のいはやにたち給ふところ」
行くところまで行かねば…乱脈ゆえに整理至難 : 解剖された川崎造船所

覚(うにふ(雲丹)代入、福井白崎行、門京院様、大野保田、福井たる屋行、ところてんくさ)
川崎国際の船舶は委託運航の他ない : 今のところ処分は出来ぬ
計画は十分乍ら予定の進捗疑問 : 鋼材、発電機械等の払底に脅かさる“飢饉来”はこの点からか : 電源開発

年貢米未歳諸国納人銘録記(柏崎県、倉敷県、日田県、豊前国宇佐郡等俳諧師足水、大坂下博労大家屋甚之助)

「駒夫根八郎」 「中村歌右衛門(三代中村歌右衛門(なかむらうたえもん)の駒舟八郎(こまふねはちろう))」
![[春画一枚摺] 「卯月といふから開もさぞうづくだらう「エヽモそれどころじやアねへよフン/\/\/\ハア/\/\/\「もう大よがりか」](http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/th_image/PB/arc/Prints/hayE/hayE4-0020/hayE4-0020-024.jpg)
[春画一枚摺] 「卯月といふから開もさぞうづくだらう「エヽモそれどころじやアねへよフン/\/\/\ハア/\/\/\「もう大よがりか」
餓死、自殺した農民既に二百万人 : 痛ましい支那の大旱害 : 直接被害十億元に上る : この秋から冬へ大飢饉襲来せん

変わりゆく年中行事―狛江の場合―

東久留米の年中行事―民俗資料記録映画を作って―

年中行事と地域―八王子市内の場合―

羽村町の稲荷信仰と初午行事

砂川の養蚕・桑苗農家と年中行事

山上茂樹翁ききがきノート 第二十九話 正月の行事

奥多摩のたべもの今昔―山梨県小菅村のくらし―

氷(ひょう)祭と山焼キ―檜原村の年中行事から―

生き残っている第六天信仰

歴史的風土としての社寺―八王子市にみる「風土記稿」時代と現代―

史料紹介 中島次郎兵衛宛「近藤勇の書翰」 元治元年五月廿日京都より

多摩の文化財 宗印寺の平山季重坐像(日野市)

柴崎村に来た俳諧師「つふね」―天保飢饉のころ―

多摩の文学碑その(十一) 「八王子コース(3)」

多摩のあゆみ 第22号 多摩地方の年中行事

多摩のあゆみ 第12号 多摩の「講」

グラビア・講と生活

「講」の本質

日野市内の講について

八王子盆地に残る講

「公私日記」の講と錦町の念仏講

多摩ニュータウン内の「講組と講」

武蔵野市の山岳信仰

幕末期・多摩農村の頼母子講
Last Updated: 2025-07-15T01:26:19
Uploaded: 2025-07-16