
東京戦災スケッチ52 田園調布三丁目にて

東京戦災スケッチ31 五月十五日ノ空襲 自由ヶ丘ノ焼跡

東京戦災スケッチ113 尾久三丁目
空襲怖れなし防空住宅の設計 : 理想的郊外住宅の変り種

東京戦災スケッチ29 焼落ちた教会跡 目黒三田にて

東京戦災スケッチ2 20.5.24ノ空襲跡 渋谷景丘にて

東京戦災スケッチ99 尾久三丁目にて

東京戦災スケッチ3 大岡山八九番地自宅焼跡ヨリ

東京戦災スケッチ88 尾久町三丁目にて

東京戦災スケッチ63 池袋三丁目聖公会神学院

現在の北青山三丁目市街地住宅

東京戦災スケッチ138 三宅坂停留場旧寺内元帥銅像前
いざに備えこの布陣 : 空襲罹災者の慰安用まで準備 : 非常食糧

1995年12月11日 東山台4丁目仮設住宅航空写真 20棟112戸

1995年12月11日 東山台3丁目仮設住宅航空写真 30棟261戸

1995年12月10日 今津二葉町仮設住宅航空写真(今津中学校) 3棟20戸

1995年12月4日 高須町2丁目仮設住宅航空写真(公団武庫団地) 13棟103戸

1995年12月4日 高須町1丁目仮設住宅航空写真(鳴尾南中学校) 4棟20戸
京、阪、神など九地区へ先ず三万戸建築 : 両三日中に公布実施 : 住宅営団法
不景気風は吹いても依然として住宅難 : 六百三十戸の市営住宅は九月までに落成するが三万戸も無いと足らぬ
薩摩焼の由来 : 元祖は三百年の昔朝鮮から移り住んだ苗代川部落民

本學在職ノ守衛、小使、給仕、職工等ノ震災当時在職シ住宅全焼、全潰ノ者ノ職氏名取調ノ件

平博文化村住宅 価格二千三百五十円 建坪十三坪七合五勺間数五間 出品人 前田錦蔵氏 (10)
住宅難を如何する : 市内二十五万三千戸の中空家はたった三百十戸 : それも実際はもっと少い
Last Updated: 2021-03-27
Uploaded: 2022-03-17
